運命の輪 4

 その光りの注ぐ場所に着くと奇妙な光景が目に入ってきた。


 光りは銀色の光りを放つ紐の様に上空から垂れ下がっている。

 その紐を巡って争い、勝者が今、その紐を握らんとしていた。


「待てっ!」


 勝者は最高位のユダの命令も耳に入らず、尊い物を下賜されたかの様にその紐に触れ、握った。


 勝者がそれを握ったのが分かったのか、握ったと同時に紐は上空に手繰られ、勝者を上空へ持ち去ろうとしていた。


 ユダはそれに向かって跳躍し、紐に触れようとした。

 だが、手は空を掴む。

 触れることが出来ない。


 音も無く着地し、その光景を見送ることしか出来なかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 あの奇妙な光る紐の現象はあれから全く無い。

 相変わらず微かに在り続ける光りに変化も無い。


 切り立った崖から光りを見詰めるその様は、気まぐれな待ち人があるかの様だった。


 だが、そんな情景を切り裂く者がいた。

 上空を見上げるユダの肩へ、長く繊細な指がそっと乗せられる。


 ユダは目を見開いた。


 体に触れられて漸く、背後の存在に気付くとは。


「アルカルド・・・!」


 抑えているが、ユダの屈辱は十分伝わってくる。


 己の不甲斐無さを目の当たりにし、動揺して動けないユダの肩を抱きかかえるようにして、耳元で皮肉を吐いて見せる。


「このような低俗な所で総祖は何をなされているのか?


 まさか、これら下賤の血を啜られたのではないでしょうね?我等の総祖ともあろうお方が」


 羞恥で目が眩む。

 アルカルドの言う通りだった。


 自分より低位の者を狩るのは常道だが、このように赤い血すら持たぬ底辺の位の血を糧にするのは、異常だ。


 だが、自らの行動に口を出される謂れはない。


 何故なら、自分は何者にも縛られない権利を与えられているのだから。


 あの、至高の、魔の王に。


「私を総祖と呼んで侮辱するなといったのを忘れたのか?アルカルド」

「!・・・」


 静かに名前を呼ばれただけでアルカルドの体は硬直した。


 腕を外し、向き合ったユダの瞳は真紅の鮮やかな光りを帯びていた。


 アルカルドは魔力で体の自由を取り戻したが、その鮮やかな輝きの奥にある何かに心を捕らわれる。


 この瞳に心酔して永い時が立つが、未だに心騒ぐものが何なのか解らない。


「私がユダ様を総祖と呼ぶことをお気に召さないのは承知の上です。


 しかし、そうでもしなければ、ユダ様は自分のお立場を捨てておしまいになるのではないのですか?」


「自覚せよと?」


「恐れながら」


 頭を垂れてはいるが、心の伴わないアルカルドの詫びを見てユダが抑揚の無い声音で云う。


「お前は、無礼者だな」


「それが私の身上ですから」


 心空く程に悪びれないアルカルドの態度に思う事はあれど、何を言っても無駄と納得させ、言葉を飲み込んだ。


「・・・。何の用だ?こんなところまで追ってくるからには、何かあるのだろう?」


 ユダはさっさと用件を済ませ、アルカルドを追い返す事にした。


 ユダの瞳から感情を表す光りが失せていくのを名残惜しいと感じる己を自覚しながら、アルカルドは答える。


「ユダ様が瞑想されている間、新たな種族が台頭して来ていたのです。


 当初は我等に害は無かったので捨て置いたのですが、この種族、その性、非常に野蛮で、我等に畏敬を抱かず、狩場を荒らし、最近、2箇所の狩場の獲物を全滅させたようです」


 ユダの柳眉が反応した。


「そこの領主は誰だ?」

「ギオンとヴァシュラの両名です。


 ギオンは消滅、ヴァシュラは再生能力を上回る重症を負っているようです」


「馬鹿な・・・。ギオンは兎も角、ヴァシュラが重症などあり得ぬ。

 ・・・その種族の特徴は?」


「外見的特長は、人型で黒髪、オレンジの瞳で肌は浅黒く、耳が角のように尖っており、未だ幼体との事です。


 そして、足の膝から下が鳥のようだったと」


「唯のキメラの一種ではないようだな」


「ヴァシュラ程の者を封じる敵。

 このまま捨て置けば、我等が軽んじられましょう」


 アルカルドの報告を聞きながら、ユダはもう一度光りを仰ぎ見た。


(膝から下が鳥・・・)


 予期せぬ事態にユダの唇が微かに歪む。


「高位の何たるかも知らぬ幼体の種族などに、高位の座は譲れぬ。

 己の浅はかを思い知らせてくれよう」


 ユダはその場から姿を消した。


 ユダの気配が急速に遠ざかってゆくのを感じながら、アルカルドは暗澹たる上空を見上げた。



 アルカルドはユダを捜索する為、部屋に籠もり意識を飛ばしていた。

 やっと発見したユダは、低位の巣窟である山地に居た。


 その時、アルカルドは偶然にも見ていたのだ。あの光る紐の現象を。

 上空に低位の者が吊り上げられていく様を。


 ユダの言っていた光りこそ見えないが、紐に吊り上げられた低位の者の気配は、上昇するに従い、追うことは不可能となった。


 あれがユダの興味の対象なのならば・・・。


 ユダがこの世界から消える・・・考えただけでも、恐ろしい。


 その容貌に銀色の燐光を纏い、高貴なる真紅の瞳を持つ、唯一の存在のユダを二度とこの目にする事が出来なくなるなど・・・。


 意識を体に戻すとその恐れは、歯も噛み合わないほどの震えとなって体現された。


(連れてなどいかせるものか・・・!絶対に!)


 ユダを失う恐怖に駆られたアルカルドは、新参の不心得者を泳がせ、同族の消滅を黙認し、古参の実力者に死線を彷徨わせた。


 そうして、ヒカリからユダの興味を逸らす算段をしたのだった。



 だが、アルカルドは知らなかった。


 ユダが、“ナニモノにも縛られない権利”を与えられていることを。


 身食い、底辺の位の者を喰う、原型を留めないほどに飢えるなど、一族の禁忌とされる行為も平然とこなしているのがその証。


 これを咎める事が出来るのは、ただ一人。


 ユダをこの世界に引き止めることが出来るのも、一人しかいないのだ。

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