プロローグ 2

 深い穴から青くくすんだ肌色の腕が上がる。


 深淵の地で見る初めての命の存在は、そこに一つ在るだけで周囲をざわつかせた。


 穴から這い出ようとする者の手が黒い大地に振り下ろされる。

 その手の爪は獣と同様で、堅い地に難なく突き刺さる硬度を持つ。


 徐々に力が込められる様から漂ったのは、苛立ち。


 思う様に動かなくなった体を引き摺って這い出て来る者の背には、大量に羽根の抜け落ちた襤褸切れを纏わせた様を思わせる十三枚の黒い翼が有った。


 羽ばたけなくなる程の深い穴から這い上って来た者の全身がようやく地へ上がり、上体を起こし周囲を見渡すその双眸は、精彩を欠く紫暗しあん


 見開かれて行く双眸へ映る光景に沸き上がる感情が上体を支える両腕の震えを誘う。

 精彩を欠く紫暗の双眸は見る見るその感情に因って、鮮やかさを増した。



 かつての光溢れる天の世に於いて、最も神の側近くで献身的に仕えていた者が、神に未熟な人間を寵愛する理由を尋ねた結果、逆心ありと見なされた。

 明らかに公平を欠いて行く神のちょうを前に、献身的に仕え、神から与えられていた愛は幻想だった事に気付いた者達は乱を起こし、そして、敗れた。


 その末路は、今、紫暗の双眸に映されるかつての世とは真逆の世にあった。


 神の仕打ちに沸き上がる感情、それは憤怒ふんぬ。吐き出される絶叫は、怒れる獣。

 沈黙の闇世の最果てにまで響き渡る絶叫が、荒れ狂って唸りを上げる風に変わった。


(それ程、我が疎ましいのか!

 それ程、我が行いは罪深いのか?神に“何故”を問う事が!


 そして、それ程までに我の逆襲が恐ろしいか?最下層の底の底へ封じる程に・・・!)


 獣の咆哮を映す風の中でまなじりを決する者が怒りに震える全身で吐く、長く静かな呼吸は外気を凍て付かせた。


 絶叫でのどを潰し、そこから口内へ溢れる体液があごを伝うのも構わずに発する第一声は低く、そしてどこまでも暗く、深い。


「我らは・・・神の子である人間を堕落させる為に存在する。

 あざむき、おとしいれ、罪をそそのかし、絶望の淵を見せよ。生にしがみつくものには死を。死を望むものには、凄絶せいぜつな末路を与えよ。


 その血肉は我等の飢えを満たし、苦痛と恐怖から発する断末魔だんまつまは我等への賛美」


 荒れ狂う風は一層高く唸り、神と対極を成す魔の王の出現を祝す。


 魔の王は後に自ら創造し、この世に住まう事となる魔を育む地へ魔性を説き、理の一条とした。

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