運命の輪 1
闇の世界はその黒き幕で表層を覆い、静寂を装う。
静寂の幕に覆われ、隠されたもの。
それは、この闇の世の住人である、魔の存在。
己の生に執着し、他を食らい、進化する事のみに思考を巡らす、魂を持たぬ、神をして許さざる罪深き陰生命体。
血臭と断末魔の絶えぬ世界がそこに広がっていた。
目も眩む濃密なその闇の世界で、連綿と繰り返された進化が突出した力を持つ種を誕生させた。
それらは明らかに他の獣じみた魔族と違い、限りなく人に近い姿を取り、闇を払う鮮やかな色を纏っていた。
色を纏う事は闇に紛れ、強敵の目を欺かずとも、進化の中で会得したその非道な力で他を圧することが出来ると、暗に告げている。
進化の頂点を往く彼らの容姿も頂点を誇るに相応しく、只ならぬ美貌を兼ね備え、その妖しいまでの美しさは、闇すらその内に取り込むことを躊躇う程であった。
彼は、闇の世界にいた。
永劫とも思える時間を、過ごしていた。
もう、目を開けているのか、息をしているのかどうでもいい程に、この世界は彼にとって退屈だった。
進化を極めた彼に挑むものは居らず、また、彼の興味を引くものも無い。
ただ、生存本能が彼をいたずらに生かしていた。
彼は暗闇に置かれた椅子に座り、人形のようにそこに居た。
目を閉じ、意識を外に向け、長い間、代わり映えの無い世界を見続ける。
そこにはいつもと変わらぬ生存を賭けた争いが繰り広げられる。
彼はすぐに興味をなくし、別の場所へ意識を向けようとした時、上空に異変を感じた。
心が騒ぐ。
小さな光が漏れている。
(ヒカリ・・・?あれがヒカリ。なんという眩さだ・・・!)
すぐに消滅しそうな程の僅かな光りを見つけた彼は心を躍らせた。
瞼の裏の残像に追い縋る様に目を開け、浮き立つ心のまま体に意識を戻した彼がその心のままに行動しようとするのを遮ったのは飢餓感だった。
「このような時に飢えるとは・・・。久しぶりに忙しいな」
皺枯れた声帯からは、かつての美声の片鱗さえない、擦れた声音。
特定の場所さえ攻撃されなければ絶命しない彼は餓死する事はないが、身体はこの世界では存在しない老爺の様に見受けられた。
己の皺だらけで貧弱な腕を物珍しそうに観察し、愚鈍とも思える程の動作で口元に運び、その貧弱な腕を犬歯が撫でると、じわりと浮かぶ赤の一筋。
彼は躊躇う事無く、筋から滴る己の体液を口に含んだ。
己の身体を食らう身食いは、彼の一族では、弱者の烙印を押される最も恥ずべき行為とされる。
狩りすら出来ぬ者=弱き者に、一族の末席すら汚すことに許諾はないのだ。
彼の覚の気配は部屋を通じ、外で待機する青年の感覚へ届いた。
彼の部屋の前では通常、気配がない事が当然であり、その事に慣れていた青年の感覚は、息を吐く気配にも敏感に反応する。
「ユダ様!?」
しかし、青年は戸惑った。
今までどう足掻いても開かなかった扉が開いたからだ。
(やはり総祖は深い瞑想からお戻りになられた!)
眠るという概念の無いこの世界の住人である彼が瞑想などという悠長な行動をとるのは、やはり進化の頂点を極めた者の特権なのだろう。
「永きに渡る瞑想で皆が、ユダ様の覚醒を待ち望んでおりました。さあ、早く皆に報せ・・・」
言いながら部屋へ入ってきた青年が漸く異変に気付いた。
(皮膚がざらつく? なんだ、これは?)
寒気から来る鳥肌だが、体温を持ち合わせない彼らには、全く馴染みのない経験だった。
闇を見通す目を持ってしても、部屋の住人の姿を視界に捉える事が出来ない。
「・・・!!」
そして、青年に向かって吹き付ける殺気。
それは、弄る気配を同時に含んで青年に絡みついた。
「っひィ!」
短い悲鳴を発した青年の正面に殺気を放っていた者が姿を現す。
それは青年が話に聞いていた総祖の容貌とは全く違う、骨に皮を被せた人型を取る別種族の者に思える。
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