運命の輪 2


 しかし、自分の顔を見上げてくるその鮮やかな真紅の眼は、紛れもなく総祖と呼ばれた男の物。


「お、お、お許しを!ユダさ・・・まっ!」


「誰がお前に、わが名を呼ぶ名誉を与えた?」


 恐怖で縛られた青年の銀髪を容赦なく引っ掴み、後ろへ引っ張ると、顕わになった首筋に噛み付き、引き千切った。


 痛みは青年の想像を凌駕し、絶叫は声帯を潰した。

 掴んだ拍子に折られた首の骨を晒す程の肉を奪われ、切れた動脈から、体液が吹き上がる。


 大量の出血は、一族の能力として備わったはずの再生能力を著しく低下させてしまう。


 そんな状態の同族の青年の事など、当然、気に留めない彼は、黙々と血を啜った。


 青年の体から力が抜け、自らが作った血の池へ仰向けに倒れた。


 渇きが収まり、彼、ユダと呼ばれた男は立ち上がった。


 一族の象徴であるプラチナの髪は、ゆったりと腰の辺りで纏め、うっすら血管が透けて見える青白い肌に、人外の美貌は冷厳な印象を与える。

 そして、彼のみが持つ、真紅の瞳。


 足元には、青年であった干乾びた別の生物が横たわっている。


 それに視線を落とし、


「お前はここに幽閉する。

 そのような姿でおれば、直ちに殺されてしまう・・・。

 お前は無礼を働いたが、私を渇きから解放してくれた」


 と、さも感謝せよと言いた気に青年に告げる。


(どう・・・か、お許し・・・を・・・)


 ユダの頭に言葉を送ることさえ儘ならない青年は、それでも、ユダの纏っているローブを掴もうとしたが、素早く翻されてしまった。


 青年は理解した。


 ユダにとって、既に自分は過去のものであると。


(総・・・祖・・・)


 不死の体はこんな状態でも命を留める。

 魔と称されるものは自殺という概念を持ち合わせない。

 青年もこの例に漏れず、例え干乾びても、狂っても死は訪れないのだ。




 部屋を出ると一人の男が待っていた。


 波打つ優雅なプラチナブロンド、黒とも見まがう深紅の瞳。

 ユダとは対照的で、華やかな相貌の男だった。


「総祖の永きに渡る瞑想からの帰還に一族を代表して参じました。

 覚醒後、総祖はさぞ、餓えておりましょうと思い、食料を用意してみましたがいかがでしたでしょう?」


 ふんわりと微笑を浮かべるが、目は全く笑っていない、油断のならない相手だった。


「お前にしては中々の配慮だった。

 感心したぞ。私の居らぬ間に随分と気が利くようになったと、な。

 だが、お前に総祖と呼ばわれるのは気分を害するとの言葉は忘れたか、アルカルド?」


 言葉よりも饒舌に語るユダの視線を受けてもアルカルドの微笑は揺らぐ事はなく、ユダにしてみればその表情は、ふてぶてしい物として映る。


「これは失礼いたしました。失念していたようです」


 慇懃無礼び頭を垂れるアルカルドは、緊張感溢れるこの遣り取りをどこか楽しんでいる様子さえ窺える。


「しかし、随分と盛大に食事をなされた様ですね、全身血塗れですよ?」


 ユダの髪や服から血が滴っているのを見て、アルカルドはユダの髪を一房、手にとった。


 濃厚な血の香りに触発されたのか、それに口をつける。

 血の味が口内に広がると、布が水を吸い込んでいく様に深紅の双眸は妖しい輝きを帯び始める。


「戯れはそれくらいにしておくがよい」


 玲瓏な表情に明らかな嫌悪を浮かばせ、アルカルドの手首を、その風貌からは想像も付かない万力の如き力で掴む。

 一方、掴まれた当人も眉一つ動かさず、髪を放した。


「ユダ様の覚醒に、浮かれているのです。お許しを」

「浮かれている?お前が?馬鹿な・・・。

 まあ、よい。気の利くついでに、服の替えを用意しろ」


 そう命じると、アルカルドの背後に一人の青年が姿を現した。


「ビジュか」

「はい。総祖も無事に瞑想から覚醒されて、安堵しました」


 ビジュと呼ばれた青年の外見は彼らよりも若く、20~22歳頃で、短髪のプラチナブロンドに鮮やかなエメラルドの瞳を持っていた。


 雪豹が人の形を取ったらこうなるであろうと思わせる青年だった。

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