所以 1

 黒い床に姿を現したのは、二十~二十二歳程の年齢の青年であった。


 短髪の柔らかそうなプラチナブロンドに、エメラルドの瞳を持ち、すらりとした体躯の、あたかも雪豹のような青年、ビジュである。


 ビジュはアルカルドの指示でヴァシュラの様子を窺いに来ていた。


 この領地に入ってから感じる見知らぬ魔圧にその猫の様な眼を細める。


「これが幼体の者の魔圧?他愛も無い。これにヴァシュラがやられたとは信じ難いな」


 一人呟いてから、背後に向き直り、見知らぬ何者かが潜む方へ視線を投げた。


 魔力の込められた視線を受けた壁は、爆発音と共に、直径にして二十cmほど抉られ、床に粉々になった破片を散らす。


 巨岩の穴を利用されたこの住処の壁は岩肌がむき出しになっており、大なり小なりの爆発があれば、土煙を上げる。


 剣呑な視線を放つビジュの瞳は、既に感情を示す真紅。早くも開戦態勢である。


 優雅な雪豹もそうであるように、獣は、獰猛な面を持ち合わせているものだが、その上、ビジュはすこぶる好戦的な性格をしていた。


「隠遁すら出来ない上に、のこのこやってくるとは、いい度胸だ!

 消滅の覚悟は出来ているのだろうな!」


 元来、口も悪い。


「危ねえっ!なんて品の無い挨拶しやがんだ、このガキ!」


 応じた声は少年の声。そして、更に口が悪い。


「お前だな?我ら一族の狩場を荒らしている者は」


 姿を現したその者は黒髪の短髪で、両側のこめかみの部分の髪を胸部まで伸ばした髪形をし、肌は浅黒く、長く尖った耳は頭頂を越え、あたかも角のようだった。


 外見的年齢は十三~十五歳程、膝から下は暗緑色をした鱗に覆われ、足は鳥のような蹴爪になっている。

 そして、小顔の割に大きく、好戦的なオレンジの目。


「お前、ホントに、かの一族のモンか?ヒンイってもんが感じられねー。


 そうだな、ホントは、魔力でビシバシやるよりも、爪とかで戦う野蛮なのが好きだろ?こんな風に!!」


 どこからか現れた得物をビジュに向けて、突きを繰り出す。

 幼体の者の強襲をビジュは難なく半身でかわし、振り向きざま、その獣の様に鋭い黒爪で、引き裂く。

 幼体の者は素早く向き直るが、その左肩は肉を削げ落とされ、骨が見えていた。


「分かるか?生きたまま削ぐのが好きなんだ」


 真紅の双眸に暗い愉悦を浮かばせ、手に付着した血を舐め取る。


 幼体の者の得物は、己の身長ほどもある細い剣のようなものだった。

 それを難なく扱う事が出来るのだから、腕は確かだが、如何せん、ビジュの動きが機敏すぎる。


「黙ってりゃ、かわいいのにな、お互い」


 骨が覗く左肩の様子をちらりと見た後、揶揄が幼体の者の口を吐いた。


「俺はそうかもしれないが、お前はもっと鳴いた方がかわいいと思うが、どうだ?」


「訂正。お前は異常者だ。訂正してお詫びするぜ!」


 ビジュは一瞬、その言葉に虚を突かれたが、一拍おいて嘲笑した。


「馬鹿が!この世界に正常な者が異常なんだ」


 ビジュの言った事はこの世界に於いて正論だ。


「あっそ。じゃあ、もう一回訂正してお詫びするぜ!!」


「謝罪に誠意が感じられない、態度で示せ!」


 骨が覗くほどの傷を負いながら、飛び込んで、右からなぎ払う。

 ビジュはそれを宙返りでかわし、着地と同時に床を蹴り、距離を縮める。


 無駄のない、流れるような一連の動作は、最早、芸術の領域だった。


 その勢いのまま、口の減らない敵の右肩に爪を立て、皮膚を引き裂く。


 それでも幼体の者は、痛みに悲鳴を上げない。

 それどころか、顔色一つ変えなかった。

 返り血を浴びても気に留めないビジュだが、それが気に掛かった。


「お前、不感症か?削り甲斐の無い奴だ。つまらない」


 しかし、腱を切断された幼体の者はだらりと両腕を下げたまま、ビジュを見て不敵に笑っている。


「う~ん、やっぱりかの一族だけあって強いな。動きが見えない。

 俺はコウエンという。お前は?」


「これから消滅するものに名乗ってどうする」


「いいから、名乗れよ。いい物みしてや・・・」


 言い終わらない内に、巨大な衝撃波がコウエンを直撃した。


(これは、魔力、・・・復活したか)


「お前の役目は、あれを構う事ではないはずだ」


 掠れた低音で諌める声の主に視線を移す。

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