交錯 4
ユダの苛立ちは獲物達の惨状に反映される。
ユダの周囲には、血を求めるのではなく、感情のまま切り裂き、命数僅かな状態で捨てられた獲物達が累々と転がっていた。
その気になれば、一瞬でこの辺りの獲物の命を奪う事など造作もないのに、そうしないのは、ただ単に、その方法では苛立ちを発散出来ないからだ。
獲物達は復活しないヴァシュラのお陰で、落命を余儀なくされていた。
「我が一族の長ともあろうお方がこの様に見苦しい狩りをするのは、おやめ下さいと申し上げましたのに、これは何事ですか?」
「ヴァシュラは、まだ復活しないのか?」
アルカルドの言葉に、苛立ちを乗せてユダが問う。
「ビジュを視察に出しましたので、もう時期、戻って来るでしょう。
・・・ユダ様、お聞きしても宜しいでしょうか?」
尋ねて来るアルカルドの声質が聞き覚えの無いものだった為、ユダは思わず背後を振り返ってしまった。
「何だ?」
振り返った以上、何らかの応答はしなければならなかったが、意外にもその応答は、質問を許可するものだった。
「・・・何故、あの時ヴァシュラを生かしたのです?
確かに、あの不快極まりない言葉の伝達は耐え難いものがありましたが、堪えればよかったのではありませんか?」
不意にアルカルドが問う。
芝居だったとは云え、結果的にヴァシュラを生かすユダの意思を確固たるものにしてしまったのは自分だと云うのに。
狡猾さを潜めた深紅の双眸は、ユダの答えを欲しつつ、それとは違う感情によって揺れる。
総じてそこに浮かんだのは、自覚すらない、微細な、恐れ。
「あれ程、蔑まれたからには、もてる限りの手管で敵に向かうだろう。
遊撃に使える。そう考えて、生かした」
「同感です。ヴァシュラを惜しんだのかと杞憂しました」
ユダの答えを聞いたアルカルドが自嘲の笑みを浮かべる。
だが、彼を知る者は、その微笑が自嘲だとは思うまい。
「お前が素直な感情を口にするなど、珍しいが、想像以上に不気味だ」
言葉ではそういいながら、さしたる興味を示さず、ユダの関心はここにない。
先程の問いに対してのユダの尤もな回答を聞き、自嘲の笑みを零したのは、ユダが如何なる回答を以てすれば、自己を満たす回答なのかも分からない事に気付いたからだった。だが、今、ここに関心を見せないユダの姿を目にし、はっきりと理解出来る感情がある。
それは、嫉妬。
アルカルドは、あれ程にユダの関心を引く光りに嫉妬した。
ヴァシュラにも、ハンザにすら。
だが、アルカルドには光りなど見えない。
嫉妬の矛先をどこに向ければいいのか分からない煩わしい状態は、爪が皮膚を破るほどに堅く拳を握らせた。
何故、彼は高位にも拘らず、その魔力を持て余す素振りを見せるのか。
何故、彼は自分よりも高位な存在なのか。
下位ならば、幽閉してでも光りに興味を抱く事などさせぬのに。
ユダを詰り、無為な事を望む自我が、狂気と表裏一体の、独占という欲に変わった瞬間だった。
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