交錯 3
ヴァシュラの部屋は、むせ返るような血臭で充満していた。
だが、彼らにしてみれば、最も甘美な芳香で満たされた部屋だった。
加工され、磨き上げられた黒い床の部屋の中心に、長方形の黒い岩石が置いてある。
その中を長身の者が横たわる事が出来る様に削り、外側は無骨な岩のままであるそこから、濃厚な血臭、血の香が漂っていた。
この長方形の岩石こそが彼らの寝台であった。
睡眠を必要としない彼らだが、稀に深手を負った時に寝台を大地から召喚し、傷を癒す。
普段、寝台は大地に隠しているのが、一族の常識である。
何故ならば、寝台は、呼び出した者が重症である事を明確に語ってしまうからだ。
寝台に横たわるヴァシュラの状態を見下ろすユダの視線は、何の感慨もない機械的なものだった。
ヴァシュラの体の下に残る血は、当初、顔が浸らない程度に血が張られていた形跡が残されており、血の減り加減を見る限り、治癒は進んでいる様だ。
ユダの視線がヴァシュラの切断された首に移る。
切断された首の半ば迄の再生を終え、残された部分を再生する段階にあったが、この段階で、引き吊れた形になった切断面が上下に開いたそこから窺い知れるのは再生の経過だった。
血に濡れた肉の中から幾つもの血管と神経が伸びて再生を進める。
再生の速度は遅々としたものだったが、確実に命を繋ごうとしていた。
(・・・総祖?・・・何故?!・・・・・・この度の失態、申し訳ありません・・・っ)
ユダの頭にヴァシュラの言葉が伝達されるが、怒りと羞恥で二の句が継げな異様だった。
「無様だな、ヴァシュラよ。
深手を負い、仕えていた者に見限られ、一族の高位にいながら、新参者に狩場である領地を荒らされるとは」
ユダはヴァシュラの現状を抑揚の無い声で並べ立てる。
(私が一族を貶めたことについて、申し開きの出来ぬ事は承知しております。
ですが、私に、汚名返上の機会をお与え下さい!
あの者どもの血に我が一族に刃向かった事の罪を刻み、消滅させねば・・・)
「黙れ。敗者であるお前の訴えなど聞き苦しいばかりだ。
そして、寝台から未だ起き上がれぬお前が何故、その様な口が叩けるのか理解に苦しむ」
ヴァシュラの要求を切り捨てたユダの予告の無い動作は、正体不明な種族に後れを取った怒りを手刀に込め、腹部へと見舞う。
(・・・っ!!)
腹部を貫通した痛みは半ばまで繋がった神経が存分に伝え、それにより体は弱弱しく痙攣する。
ユダは手刀を腹部に埋めたまま身を屈め、醜態の極みを晒す幾管の血の筋を透かすヴァシュラの顔へ侮蔑も露に自らの顔を寄せた。
「お前を無能にした者の情報だけが、お前を生かすのだ。
再び私と見える時まで、再生を終えておけ。お前のその声は聞くに堪えがたい」
「ユダ様!ヴァシュラに制裁を下さないのですか?!」
「私の決定に口出しは許さぬ」
「・・・差し出がましい事を申しました。お許しを」
分を弁えない差し出口だったと許しを乞う為に垂れた頭。
下向いた薄情な薄い唇に侍った微笑があった事は、磨かれた黒い床だけが暴く、事実。
腹部から手を引き抜き、部屋の扉を開けて待つアルカルドの前をユダは足早に通り過ぎていった。
アルカルドは、ヴァシュラに制裁を望む芝居を打ってユダの意思を確認し、知る術の一つとしたのだった。
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