望み1

 ヴァシュラの放った衝撃波をまともに食らったコウエンが漸くその威力を打ち消す頃には、領地外まで吹っ飛ばされ、難儀な体を強かに大地へ打ちつけていた。


 それでも勢いは止まらず、体を引き摺る摩擦で皮膚が裂け、土煙が血煙に変わる。


 コウエンは何か巨大な生物にでも当て逃げされた気分に陥り、暢気のんきにも仏頂面で、引き摺られるに任せていた。


 しかし、この世界の自然は非情であり、あってはならない所に断層があったりする。


「・・・ん?えっ、嘘っ!まずいだろ、これはっ!」


 断層から吹き上げる風の気配と、近距離で聞こえてきた風の唸りを不審に思い、足下に視線を向けると、断層がコウエンを待ち受けていたのだった。


 コウエンは慌てて足の甲を最大限に伸ばし、爪を大地へ突き立てる。


 無理な体勢だが、手を使えないコウエンの足掻きが功を奏し、断層の入り口で止まった。


「はあ、危ねえとこだった・・・」


 安堵の溜め息をつき、取り敢えず、あまり居心地の良い所ではないそこから離れようと、上体を起こそうとした時だった。


「ダッッセェ、・・・この上なく、ダッッセェ・・・」


 痛ましくも、無様で、憐れみさえ感じさせるコウエンの状況を見て、真剣に非難の心境を語る別の少年の声がする。


「オイ、そんなに溜めなくてもいいだろ!一応、気にしてんだから。


 それより、こんな状態の俺を見て、なんとも思わねーのか?普通は手を貸すだろ?」


 コウエンの前に現れた少年は、コウエンと同じような特徴を備えていた。


 違うのは髪型位で、彼は、顎の辺りの長さの髪を切りっぱなしにしたような髪型をしていた。


 コウエンに促された少年は歩を進めるが、その顔は余りにも無表情だ。


 仰向けに倒れているコウエンにも、その彼の様子では自分の望んだ結果をもたらさない事が何となく伝わってくる。

 彼が歩を進めながら、徐に右手をかざすと、その肉から先端の鋭利な白い棒状の物が現れる。


 これが彼らの得物だった。因みに、コウエンがビジュと対峙した時も、この様にして得物を取り出していたのだ。


 得物を握った彼はそれをコウエン目掛けて突き立て様とする。


 その余りに滑らかで躊躇いがない動作に、コウエンは彼がこれから何をしようとしているのか予測するのが遅れてしまう。


 そして得物の先端に映る剣呑な彼の意思に当てられて漸く、コウエンが制止の声を上げる。


「ば、馬鹿、止めろっ」

「馬鹿はお前だろ」


 制止の罵声をそのまま返して、やはり躊躇なく得物を握った腕を下ろす。


 彼の本気を悟ったコウエンは発達した腹筋で素早く上体を起こすと、突きをかわし、立ち上がるとジャンプして彼の背後に着地した、筈だった。


 ・・・が、両腕が動かない上、焦っていた為に平衡感覚が狂い、叩き潰された蛙のようにべじゃっと、いかにも無様に大地に倒れていたのだった。


「もう、掛ける言葉も無いな・・・」

「誰の仕業だよ!お前だろ?ナーガ!!早く手を貸せ!」


 愛想も尽き果てたと言わんばかりの表情で佇むナーガに、コウエンは大地に向かって虚しく喚いた。


「行ってきて、返り討ちにされるくらいにヴァシュラとか云う奴は、元気良くなってた訳だ。どうだった?奴は本気だったか?」


「・・・」


 ヴァシュラには興味があるくせに、今、目の前にうつ伏せになって倒れている同種族には全く興味がないようだ。


「なあ、どうだったんだよ。いや、あいつが本気な訳ないな。

 あいつが本気なら、お前なんか瞬滅させてくれそうだもんな・・・。


 そもそも、あいつを戦闘不能状態にさせたのだって、奇襲みたいな姑息な手を使った訳だし、出来れば・・・」

「いつまで待たせんだ!早くしろっ!」


 牙を剥いて吠えるコウエンを一瞥し、ナーガはその蹴爪でコウエンの体を蹴り飛ばして仰向けにしてやり、服の襟首を掴んで立たせてやる。


「数少ない同種だってのに、なんて手荒なことすんだ!もっと労われ!」


 不満を爆発させるコウエンに、ナーガは一笑してから、胸倉を掴み、真顔で凄んだ。

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レクイエム ひさぎり @allexlow

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