第2話 滋ヶ崎、縄で縛る
「なるほどね、理解しましたよ私は」
ちゃぶ台の向こうでナポリタンを啜りながら、マルコシウスは言った。滋ヶ崎は嫌がらせのつもりでナポリタンに箸を出してやったのだが、なかなかどうして上手に食べるものだ。白い服にはシミ一つできていないのを見て、若干のイラつきを覚える。
「つまり私は、神の思し召しによってこの世界に来たと」
「……『足を滑らせて落っこちた溝にたまたま時空の穴が開いていて、ウチの桃の木の上に落ちてきた』っていうのを神の思し召しと捉えるなら、そうなんじゃねーの?」
そういうことはままある。知らない路地に迷い込んだら異世界に行ってしまったり、突然冷蔵庫から雪男が出てきたり。事故や災害のようなものだ。
「たまたまというものはありませんよ康弘。すべて神のお決めになることです」
「ああそうかい」
「この宣教師マルコシウスに、異界にも光の教えを広めよという神命ですよこれは!」
「知らんがな」
「さあ康弘、ここで出会ったのも運命です、あなたに異界での光鷲教信者第一号となる栄誉を授けましょう!」
「ウチは代々空飛ぶスパゲッティモンスター教の信者なんで間に合ってまーす」
めんどくさいのに関わってしまった。げんなりしながら滋ヶ崎は空になった器を持って立ち上がった。餌付けなんかするんじゃなかった。
「せっかくの誉れを……人倫にもとるバルバロイに光鷲教の価値を伝えるのは骨が折れそうですね」
「お前人に昼食出してもらっておいて、よくそんなこと言えるよな」
流しで皿を洗いながら、カレンダーを確認する。滋ヶ崎は半ニートなので曜日感覚が微妙なのだ。
土曜日。村役場に行けば異世界人の住民登録などの相談に乗ってくれるはずだが、それには月曜まで待たなければならない。
(えぇー……少なくとも今日明日はコイツと一緒にいなきゃいけないの?)
やたらと上から目線でムカつくし、謎の宗教に入信させようとしてくるし、滋ヶ崎は今すぐマルコシウスを家の外に放り出したかった。なまじ見た目が良いだけに余計に腹が立つのだ。
ただそんなことをして何かあったら寝覚めが悪い。一応村の条例でも「異界から来たものには親切にすること(※ただし敵性異界生物は除く)」とされているし。
キョロキョロと興味深そうに築60年の古民家を見回しているマルコシウスはとりあえず放っておくことにして、滋ヶ崎は縁側から外に出た。マルコシウスが落ちてきたときに折れた桃の枝を確認する。
(よかった……)
折れていると言っても、完全に枝が取れてしまったのではなく下側はまだ繋がっている。修復すればなんとかなるかもしれない。
1度部屋に戻り、縄を持って庭にまた出る。マルコシウスもついてきた。枝の断面を合わせて縄で縛るのを、横でじっと見ている。
(邪魔ぁ……)
「何をしているんです?」
「見りゃわかるだろ、あんたがへし折りやがった枝を治してんだよ」
「ふうん」
口元に手を当て、首を傾げるマルコシウス。様になっていることにまた腹が立つ。背景が日本家屋でミスマッチだが。
あ、となにかを思いついたようにマルコシウスが手を叩いた。
「そうだ、不信心なバルバロイに神の威光を見せてあげましょう!」
「いらんいらんそういうの」
「それっ! 『伸びろ伸びろスクスクー!』」
滋ヶ崎の話を聞かずに、マルコシウスは持っていた桃の枝を振った。クソみてえな呪文だな、と思いながら滋ヶ崎はその枝先を眺める。
「何も起きねえぞ」
「あれっ……『スクスク!』『スクスクスク!』」
「…………」
「……ば、バルバロイにはわからないかもしれませんけどね、魔法というのは繊細で複雑なものなんですからね! 空気中の魔法濃度や天気などによってうまく発動しないことだってあるんです!」
「はいはい……」
要は失敗なのだろう。滋ヶ崎は枝を縄で固定する作業を再開した。
「ほら、突っ立ってねえでお前もそっち押さえてろ」
「分かりました、困っている人間を助けるのは神官としての務めですからね」
「お前が折ったせいで俺は困っているんだが」
「私は折っていません、勝手に折れたのです」
「ああもう、その口縛るぞテメエ」
「野蛮ですね、さすがバルバロイ」
木の幹に縄をぐるぐると巻き、結んで止める。そっと手を離して確認するが大丈夫そうだ。
やれやれ、と縁側に戻ると、また後ろからちょろちょろとマルコシウスがついてくる。ついでに、と乾いた洗濯物を取り込む滋ヶ崎の横に立ち、縄を片づけようと納戸を開けると中を覗き込んでくる。
(邪魔ぁ……)
ひたすらに無視を決め込むが、全くマルコシウスは気にする気配がない。
畳んだ洗濯物をしまい、ついでに風呂掃除をし、帰りに寄ったトイレの中までついて来ようとしたところで滋ヶ崎の我慢も限界に達した。
「いちいちついてくんな! 邪魔! お前俺の放尿シーン見てどうしようってんだよ!」
「なっ……」
ちらりとマルコシウスの目が泳ぐ。
「わ、私は布教のローカライズのためにバルバロイの生活様式を見ておこうと思ったまでです!」
「何でもいいからトイレにはついてくんな!」
そう言い放って扉を閉める。スッキリしてから開けると、まだそこにマルコシウスがいた。
「…………」
「……何です? あなたが用を足すのを待ってあげていたんですよ?」
これが2日間続くのか、と滋ヶ崎は気が遠くなりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます