第16話 マルコシウス、首輪を嫌がる
「ありえませんね」
「だからなあお前……」
「絶っっっっっ対に嫌です! 人のことを何だと思ってるんですか!?」
「俺のペットだと思ってるけど……」
「ペッ……!? とにかく!」
だん! とちゃぶ台を叩いたマルコシウスは、その上に乗った革製の首輪を指さした。
「私はこんなものつけませんからね!」
「あーもう……」
「いいですか!? フェロモン犯罪を犯すのもその予備軍なのもαの方なんです! 分かります? いいえ分かりませんよねあなたたちには! ちょっと自分たちの方が身体的に恵まれているからってそれに胡坐をかいて威張り散らしているだけの獣なんですよαは! 本来であればその能力は他者のために使うべきであり彼らの優位性を振りかざすためのものではないというのにそれも分からないような愚かな生き物なんです! 何が「優れた存在」だ! 子も産めない下等種の癖に腕っぷしが強いだけで調子に乗りやがって! 淘汰されたって誰も困りゃしないんだ! 自衛? ふざけんな! 悪いのはあっちなんだからきちんと管理して口輪を着けておくべきなのはαの方だろうが! あんな豚ども全員歯をへし折って流動食しか食べられないようにすればいいんだよ!」
「わ、わーったから……悪かったって……」
そういいつつも滋ヶ崎は何が悪かったかは全く分からなかったが、とにかくマルコシウスの地雷を盛大に踏み抜いてしまったことだけは理解できた。
「そんなに嫌ならつけなくていいから、な? 落ち着けよ」
顔を真っ赤にしながらふうふうと肩で息をするマルコシウスの頭に手を置く。払い落とされた。
(「痴漢が寄ってくるからってミニスカを履かないように女の方に求めるのは間違っている」的なことを言いたいんだろうな……多分)
見た目と挙動に反してまあまあ几帳面な滋ヶ崎は、いつぞやに読みさしにしていた「『第二の性別』とは? ~α・β・Ω編〜」の続きを読んだのだ。そこには抑制剤以外に番のことも書いてあり、「望まぬ相手と番になってしまわないように、Ωは首輪をつけています」と書かれていた。一度番になると死ぬまでその契約は継続する、とも。
薬の方は予防接種と検疫で病院に行った時に手に入れた――とはいえ定期的な通院が必要らしい、面倒くさい話だ――ので、次は、と首輪を買ったらこれである。ちなみに最初は犬用でいいだろと思ったが、「人間用じゃないとかぶれる」と知恵袋にあったので一応SM用を買った。本当だろうか。
(まあ、これだけ嫌がるってことは今までもノーガードで生きてきたんだろうし、こっちにはそんなにαがいるわけでもないだろうから大丈夫……なのか……?)
この首輪が防犯ブザー的な念のための保険程度のものなのか、それとも人工呼吸器並みに常時装着していないとまずいのか、そのあたりの温度感は滋ヶ崎にはわかりかねる。
だが、とにかくこんなに拒否されるなら無理だ。やれやれ、とちゃぶ台の端に首輪を押しやった滋ヶ崎は、時計を見て立ち上がった。こんなことで言い争っているうちに依頼人のところへ行く時間になっている。
「ほら、そろそろ出かけるぞ」
またマルコシウスの頭に手を伸ばす。今度は大人しく撫でられるマルコシウスと共に車に乗り込み、客先へ向かう。
(そういや、異世界人って免許取れんのかな……)
助手席に座るマルコシウスを横目で眺め、滋ヶ崎は考えた。ようやく車に騒がなくなったが、まだその顔は緊張で硬くなっている。
異界への穴がボコボコ開いているせいで最近栄えては来ているものの、雨底村は紛うことなき田舎である。だから徒歩圏内にあるのは畑と林と田んぼ、それから民家だけだ。バスも村営のコミュニティバスが日に3回程度と不便極まりない。マルコシウスの通院も役所での手続きも、すべて滋ヶ崎が付き添っていた。
「なあヘレネスさんよ、自転車、って乗れるかい?」
「ジテンシャ……?」
「なかったのか……つか、元いたところではどんな移動手段があったんだ?」
「主に馬か馬車ですかね。急ぎの時は魔獣とか召喚獣とか……魔術師は絨毯に乗ってましたけど」
「そうだよ魔法!」
滋ヶ崎はハンドルを叩いた。忘れかけていたが一応コイツは魔法が使えたはずだ。
「お前、魔法で移動できたりしないのか? いちいちどこ行くにも送迎するの面倒だし、常にニコイチってわけにもいかんだろ」
「今は無理です」
「今は?」
滋ヶ崎が聞き返すと、ふんとマルコシウスは鼻を鳴らした。相変わらずの馬鹿にした口調で説明してくる。
「杖がありませんからね。あなただって字を書くにはペンとインクが必要でしょう? 杖がないのに魔法は使えませんよ」
「じゃあ、杖があればできるのか?」
「……ええまあ」
答えが返ってくるまでに数秒の間があった。怪しいな、と思ったがそこはスルーしておく。
「杖ってのはあれか、お前が最初振り回してた木の枝みたいのでいいのか」
「あれは緊急用です。あんなのでいいわけないでしょう? 本来は自分に合った木を選び、専門の魔道具師に作らせるものです。未開のバルバロイはもの知らずでいけませんね」
「めんどくせえな……」
太鼓のバチや指揮棒ではダメなのだろうか。そこも含め近いうちに検討しておこう、と脳内にメモする。村内に魔道具屋はあっただろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます