第13話 祝、引き時が分からない
「……うー」
布団を頭まで被り、マルコシウスは小さく唸った。指の関節、皮膚のたるんでいるあたりを噛む。
(何。なんで……何が? どうして……)
嫌だ、というのに連れ出されて、なんだか色々書かされたのは覚えている。名前やら前いた世界のことやら根掘り葉掘り聞かれて――気づいたら、裸の滋ヶ崎と寝ていた。朧気な記憶を反芻するごとに自己嫌悪に陥る。
(……次のヒートは、まだ先だったはずなのに)
とはいっても抑制剤のない今、遅かれ早かれ同じことになっていたような気はする。こうなる前に滋ヶ崎に打ち明けて抑制剤を手に入れられないか聞いてみるべきだったのだろうか。いや無理だろ。どうやらこの世界の人間は全員β――というか、そもそもそういう区分けはない?――らしいし、「3ヶ月に1回見境なく発情するんですがそれを抑えるために高価な薬が必要で」なんて、言えるわけがない。恥を晒した上に金をせびるなんて最悪だ。
(大体なんなんだ康弘は! 当てられたαでもないくせに……抱かないだろ! 普通は! そんな得体のしれないやつ! 病気とか怖くないのか! 口も態度も最悪な上に性欲だけ持ち合わせやがって、これだから野蛮人は)
自分が本能に飲まれて何をしたのか、できるだけ考えないように滋ヶ崎に怒りの矛先を向ける。少なくとも怒っている間は、自分の絶望と向き合わなくて済む。
だが、滋ヶ崎への責任転嫁も長くは続かなかった。体がだるいしお腹も空いていて、腹を立て続けるだけのエネルギーがない。
はあ、とため息を付いて体を伸ばす。とりあえず寝て空腹を紛らわせよう。滋ヶ崎は「スープを作った」だの何だのと言っていたが、マルコシウスは手をつける気はなかった。そんな癇癪を起こしても自分には何の益もないことは分かっていたが、とにかく意地がある。これ以上滋ヶ崎の好きにされるのは何だか嫌なのだ。
布団の外に飛び出した頭の収まりが悪い。枕を探して目を開けると、草を編んだ床の上に小さな紙がいた。
「……?」
目を細めて眺める。小さく人形に切られた紙がぴこぴこと揺れ、跳ねている。
(な、なんだ、これは)
妖術だろうか。呆気にとられながらマルコシウスが見ていると、「コンニチハ! ボク、シタロー!」と甲高い裏声が聞こえた。
「!?」
声の方向に振り向くと、横開きの扉のかげから覗いている顔と目があった。グレーの長めの髪に、そこから伸びる……鹿の角だろうか。ぺたりぺたりと鱗の生えた尻尾が床を叩いている。
(り、竜人……!)
本当は既に何回も見た顔なのだが、いかんせんどちらのときも朦朧としていたので覚えていない。初対面だと勘違いしたマルコシウスは大いに驚いた。
ここではどうだか知らないが、マルコシウスがいたところでは竜人に会うことはめったになかった。長命種たちは数が少なく、山奥などにひっそりと集落を形成していることが多いからだ。大体において短命種を見下している――というか、人間から見た犬猫のようなものだとみなしているきらいもある。
「チョット!? ボクハコッチダヨ!? ムシシナイデ!?」
竜人を見ていると、その視線を遮るようにヒトガタの紙がくるくると飛び上がった。
(あっそれ続けるんだ?)
マルコシウスは茶番を続ける竜人を見て、そして理解した。
(なるほど、「人間なぞと直接話す気はない」ということか……)
人に姿を見られたくない、そういう長命種は一定数いる。過去に仲間を狩られた経験があるとか戦の恨みを忘れていないとかそういうやつだ。きっとこの竜人もそのタイプなのだろうとマルコシウスは結論付け、紙の方に話しかけることにした。まあ本体も半分扉から見えているんだけど。
「えっと……私はマルコシウスと申します、シタローさん」
「ヨロシクネ、マルチャン! トコロデオナカスイテナイ? スープアルヨスープ!」
「あっ……はい、いただきます」
長命種の機嫌を取ることは自分の意地を通すことより重い。あっさりとマルコシウスが頷くと、跳ねた人型はくるくると嬉しそうに回ったのだった。
◇◆◇
「なるほど、お仕事は神職と……奇遇ですね、私も神官なんですよ。お話が合いそうですね」
「ソウダヨ! アメノカミサマヲオマツリシテルノ! オコラセルトコワインダ! マルコチャンハ、ドンナカミサマヲオマツリシテルノ?」
「私の場合は特定の神がいるわけではなくて……まあ厳密にいえば神格化された聖人もいますけど……教えそのものへの信仰ですね。調和を旨とする生き方を広めております」
「ワア! ムズカシイオハナシダ!」
「そんなことありませんよ。要は『喧嘩をしてはいけません』というだけの話です。そうだ、今度ゆっくりとお互いの教義について語り合いませんか? この世界の土着信仰について知っておきたいんです」
「ベッドノウエデナライイヨ!」
「ベッド! あるんですねこの世界にも!? 床に寝るのがここでは当たり前だって言われて驚いていたところなんですよ。全員『母なる大地の教え』の修行僧なのかと」
帰ってきた滋ヶ崎が見たものは、居間の扉の後ろに座りこみ、裏声で下手なアテレコをする祝と、それに合わせてちゃぶ台の上の形代に話しかけるマルコシウスだった。
「え、何……何してんのお前ら。怖。お見合いの練習でもしてんのか?」
「いや、冗談でやってみたら、なんか想像以上にノッてくるから辞め時が分からなくて……」
「馬鹿なの?」
滋ヶ崎が祝の首根っこを掴んで引っ張り出すと、「なんてことを!」とマルコシウスは目を覆った。
「長命種の方ですよ!? 丁重に扱いなさいバルバロイ! 何を考えているんですか!」
「うっせえな、寿命が長いだけのトカゲだろ」
「トカゲ! 言うに事欠いて竜をトカゲとは!」
「尻尾が切れて頭頂眼があって、寒いと動けなくなるんだからトカゲだろ」
「前者二つは当てはまらないの結構いる~」
ちゃぶ台の前に引きずり出された祝は、ぺたりぺたりと尻尾を振って座りなおした。
「あ、あらためまして雨宮祝です。どうもー」
「ど、どうも……?」
そろりそろりとマルコシウスが指の間から目を出した。
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