第12話 マルコシウス、目が覚める
なんだか寒いな、と思った滋ヶ崎が目を覚ますと、横に寝ていたはずのマルコシウスが掛け布団を一人で被り、部屋の隅から滋ヶ崎を睨みつけていた。ここ1週間ほどの熱に浮かされていたような表情と明らかに違うその様子を見て、発情期が終わったことを滋ヶ崎は直感的に理解した。
「……おい、なにしてんだ? 返せよ」
「ぶ、っ……無礼者っ!」
全裸のままのそのそと起き上がって掛け布団を引っ張ると、中から手が伸びてきた。ぺちんと威力のない平手をかまされる。
「ひ、人がヒートになっているのをいいことに、す、好き勝手して……! この野蛮人が! 恥を知りなさい!」
「はあ~? 『入れて』って言ってきたのそっちじゃんかよー。ちゃんとゴムも付けてやっただろうが」
目が覚めたら勝手にマルコシウスに跨られていた時もあるので、あまり自信はないが。
「仕方ないでしょう!? そういう時期なんですから! そこにつけこんで来るなんて最低です!」
「そんなん知らねえよ。最初に説明しとけや」
「……っ、し、知らなくても、そんなっ……普通に考えたら……しないものでしょう!? 色欲に支配された汚らわしい動物め!」
「お前の世界じゃどうか知らねえけどな、この世界じゃ穴に『入れて』って言われたら男は普通ぶっこむもんなの、覚えとけよ。大体色欲に支配されてたのそっちだろ、何回いかせても満足しねえしセックスばっかでご飯すらロクに食べようとしないし最終的に『おねがい、康弘の赤ちゃんが欲しいですぅ』って」
「う、うるさい! だからそれは仕方ないって言ってんでしょう!?」
また滋ヶ崎の頬を叩こうとした手が振り下ろされる前に、滋ヶ崎はその細い手首をつかんだ。びく、と布団の中でブルーグレーの目が揺れるのが見えた。
「うるせーのはてめえだ、クソ穴。『抱いて』っていうから抱いてやったのにさっきっからぎゃんぎゃんと……」
滋ヶ崎が額をつけて凄むと、マルコシウスは瞳を潤ませながら気丈にも睨み返してきた。だが、羞恥に頬を赤らめた状態ではかえって逆効果にしかならない。掛け布団をはいだ滋ヶ崎は、その上にやはり全裸のマルコシウスを押し倒した。
「ほら、すぐそうやって……」
「俺、このまま入れてもいいんだけど」
華奢な肩を押さえ、治まらなくなってきた朝立ちで滑らかな太ももの皮膚をこする。自分の下で強張る表情が、何とも愉快だ。
「Ωとやらが本当に妊娠するか試してみようか」
祝がやってきたのは、ちょうど滋ヶ崎が溜まっている仕事を片付けに行こうとしたときだった。
「どう~? そろそろ赤ちゃんできた~?」
「だから、カブトムシじゃねえんだっつーの」
まずは近所の婆さんの家の草むしりからだ。長袖長ズボンに麦わら帽子という出で立ちの滋ヶ崎の後ろを覗き、「あれ、マルコちゃんは?」と祝は首を傾げた。
「キレて2階の部屋に立てこもってる」
「なんで?」
「知らねえよ」
祝に説明する気はない。ちょうどよかった、と滋ヶ崎はそのまま1階の奥を指し示した。
「どうせ『帰れ』つっても帰らないんだろ? コンロにスープ置いてあるからあいつに出してやってくれ。あと洗濯機も回してるから終わったら干しといて」
「おけおけ」
ぴょろ、と尻尾を振って廊下の奥へ消えていく袴姿を見送る。あれだけ怖い目に合ったのだからもう勝手に家を出ていくとは思えなかったが、それでも見張りがいたほうが安心だ。
靴箱の中から長靴を引っ張り出していると、ばたばたと冷蔵庫を勝手に開ける音が聞こえた。
「ねえねえ滋ヶ崎、アイス食べていい? 抹茶味! あ、マルコちゃんにもあげていい?」
「好きにしろ!」
滋ヶ崎は後ろを振り向かず、そう叫んで玄関の外に出た。
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