第5話 マルコシウス、魔力が切れる

「魔力切れ?」


 どうしたらいいか分からない滋ヶ崎が休日診療に電話をかけてみると、「今日の担当医は異界人エキゾも診れるから大丈夫」とのことだった。立つこともままならないマルコシウスを抱えて向かうと、出てきた兎耳の医者はマルコシウスを一通り検め、事情聴取をした後に「うん、魔力切れ」と言い放った。


「あのでかい木――うん、ここからも見えたよあれ、でかすぎて笑ったわ――を生やしたり、家浮かせたりしたって? そりゃ魔力もなくなるよ。過労の一種だし、あとはゆっくり寝てればそのうち治るから。いちおうポーション出しとくから、飲めそうだったら飲ませてね」

「な、るほど……」


 頷く滋ヶ崎の横で、横になって点滴を打たれているマルコシウスはうとうととしている。完全に保護者かなにかと勘違いされている、と滋ヶ崎は思ったが、あえて訂正する気も起きない。


「この人Ωだよね? もしこのストレスで発情期来ちゃったら薬持ってってあげるから連絡ちょうだいね。うち、山の下んとこにある白兎診療所ってとこだから! あ、今日のとこは点滴終わったら帰っていいよ~」

「は……?」


 オメガって? 突然出てきた単語の意味が分からず滋ヶ崎が目をぱちくりさせていると、聞き返す前に医者はぴょんぴょことどこかへ行ってしまった。

(ま、いいか)

 マルコシウスのことだし、よくわからなくても困るのは滋ヶ崎ではない。それよりも気になるのは医療費の方である。まだまだ残量の残っている点滴を見下ろし、はあとため息を吐いた。


(……いくらかかるかな)

 マルコシウスには保険がない。多分手持ちもないしあったところで異世界通貨だろうから意味がない。休日診療、時間外加算、点滴にポーション。なんで昨日庭に降ってきただけの人間にそんなに金を使わなくてはならないのだと悲しくなってくる。ゆっくり寝てればいいだけの話なのだったら家で転がしておけばよかった。

 案の定2万を平気で越してきた会計を済ませ、すっからかんになってしまった財布を眺めていると、横から小さな声が聞こえた。


「金に、執着することは……心の安寧を失うこと、です……愚かなバルバロイ」


 いつの間にか目を覚ましていたらしいマルコシウスが、ぼうっとした目で何となく滋ヶ崎の方を向いていた。


「クソがぁ……」


 誰のせいでそうなっていると思っているんだ。こうなってくると本当に絞め殺したくなってくる。滋ヶ崎が必死で怒りを堪えていると、ふーっ、と息をついたマルコシウスは怠そうにまた目を閉じた。


「……だから、大丈夫だと、言ったでしょう」

「あーはいはい、余計なお世話でしたね」

「まあ、未開の地にしては、それなりに発展してはいるようですし……礼だけは言っておきますよ」

「そりゃどうも」


 点滴が終わったマルコシウスを連れ、家に帰る。顔色も悪いしふらついているが、何とか歩けるくらいにはなっているようだ。縁側に敷いた布団に寝かせてやると、庭の桃の木が元と同じくらいのサイズになっているのが見えた。とはいっても同じなのはサイズだけで、急成長したのちに縮んでいるため、巨大な盆栽のようなおかしなプロポーションだ。しかも何をどうしたことか、秋なのに花が咲き、実が生っている。


「おい、なんか食べたいもんあるか?」


 いきなり倒れたマルコシウスに驚いてそのまま病院に行ってしまったので、家の中はぐちゃぐちゃのままだ。割れた食器を拾いながら滋ヶ崎はくったりとしているマルコシウスに話しかけた。


「……レヴィシアスーパ」

「いや、うん、今のは俺の聞き方が悪かったな? ええと……そうだな、果物、雑炊、うどん、逆にカレー、この中だったらどれが食べたい」

「果物、で」

「はいよ。それじゃ大体この部屋片づけたら出してやるから」


 皿や茶わんの大きいかけらを取り除き、箒で軽く掃く。最後に掃除機をかけて、とりあえず安全なスペースを確保する。すっかり軽くなってしまった食器棚を元の場所に戻したころには、マルコシウスは小さく寝息を立てていた。


「……いや、ほんと、何なんお前」


 電気と水道はまだ回復していない。すっかり温かくなった冷蔵庫の中からリンゴを出して紙皿の上に置いた滋ヶ崎は、安らかな顔をして眠るマルコシウスに苛立ちの言葉をぶつけた。


 歩くこともままならないくらい疲れているのだから、部屋の片づけを一緒にするのは無理だろう。それは分かる。

 体力の回復には寝るのが一番だ。それも分かる。

 だが、そもそもの話として家がこんなにぐちゃぐちゃなのもマルコシウスがぶっ倒れたのも全部彼のせいなのだ。なぜ一生懸命滋ヶ崎が家の中の片づけをして、彼の面倒を見なくてはならないのか。なにかがおかしいのである。


「なんかさあ、こう……『整理整頓キレイキレイ!』とかで家の中片付いたりしねえの?」


 でもそれでまた倒れられても困る。面倒くさくなってきた滋ヶ崎は、ごろりとマルコシウスの隣に横になった。すやすやと小さな寝息と共に布団が上下している。


「顔は綺麗なんだけどなあ……顔だけだなあ」


 中性的な寝顔を間近で見ながら、滋ヶ崎はその頬を撫でた。ふにふにと柔らかい。調子に乗って鼻もつつくと、「うぅん」と首を振って寝返りを打たれてしまった。

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