第6話 滋ヶ崎、猫を探す

「いいですかバルバロイ、薬というものはそう……本来であれば摂取しないような物を体内に取り込むことであり……つまり不自然なんです。わかりますか? 人間が本来踏み込むべき領域ではないのです。それに獣人が作った薬なんて、何が入ってるかわかりませんよ。ヘレネスの口にするものではありません」

「あーもうホント毎回うっせえな。どう考えても魔法のほうが不自然だろが。要はあれだろ、これ美味しくないから飲みたくないってだけなんだろお前」


 風邪薬のシロップよろしくプラ容器に入ったポーションを計り取ってやる。これでちょうど終わりのようだ。シロップにしてはまあまあの量があるそれを机の上に置くと、マルコシウスはそれをちらりと見おろした。


「そんなことはありません。ただ私は不要で不明なものを体内に取り込むのはいかがなものだろうという科学的見地において見解を述べたまでで」

「はいはいはいはい必要だから処方されてんだろ早く飲めや、ぜってーお前の世界ここより科学発達してねーくせにイキんな」


 ようやく電気が通じ、使えるようになった電子レンジを見て「火の精霊の住む箱ですね?」と言い放ったやつの科学力なんてたかが知れているのである。

 計量カップを押し付けると、嫌そうな顔をしたマルコシウスがそこに口をつける。飲み干すのを見届けてから、滋ヶ崎は口を開いた。


「ほら、そんなにすらすら口答えできるようになったんならもういいだろ、今日こそ村役場に行くぞ」

「はあ、役場」

「住民登録して、お前の住む場所とか世話してもらうの! いつまでもここに住まれても邪魔なんだわ」

「な……高貴なるヘレネスを『邪魔』などと……!」

「邪魔じゃなかったらお前何なんだよ、余計なことしかしねえし」

「余計なこととは何ですか、私はあなた方バルバロイに善き教えを」


 言い争いになりそうになったところで、滋ヶ崎のポケットの中でスマホが鳴った。


「はい、滋ヶ崎なんでも事務所です! はいはい、ああ猫ちゃん! ええもちろんお引き受けしておりますよ! はい、お待ちしておりますので、猫ちゃんの写真や好きなおもちゃ、おやつなどをご用意していただいて……」


 迷い猫の捜索依頼である。これから来る旨を了解して電話を切る。ポケットにスマホを戻すと、目の前のマルコシウスが不機嫌そうに滋ヶ崎のことを見ていた。


「……随分私の時と態度が違うんですね」

「は? たりめーだろボケ。おめー依頼人じゃねえだろ」

「そうですが……」

「うるせえな、今から依頼人来るけど、お前いると邪魔だから出てくんなよ」


 奥の部屋に押し込み、依頼人を待つ。すぐにやってきたので、必要事項の聞き取りをして帰す。5日前、クッキーという名の茶トラの猫が洗濯物を干した隙に出て行ってしまったらしい。この手の仕事は得意分野だ。


「おいマルコ、これから仕事行ってくるから勝手なことすんじゃねえぞ、来客は居留守でいいからな」


 猫のプロフィールや写真をファイルに入れる。こそりとも音を立てない奥の部屋に声をかけて、家を出た。



◇◆◇



 滋ヶ崎の家は雨底村の東側にある。車に乗った滋ヶ崎は、村の中心にある山へ向かった。山と丘の中間くらいの大きさのそこは、登山にはいささか低いが徒歩で訪ねるには距離がある微妙な距離感をしている。用があるのは、その頂上にある神社だ。

 駐車場に車を停め、鳥居の先にある長い階段を上る。


「おーい祝ー、いーわちゃーん」

「はいはーい」


 授与所にある『御用の方はお鳴らしください』の呼び鈴を連打すると、奥からのんびりした声が聞こえてきた。待っていると、のてのてと袴姿の雨宮祝が現れる。


「なーに、滋ヶ崎〜」

「迷い猫の捜索頼めるか? 掃除3日でいいかな?」

「んー、掃除よりも境内の草むしりしてほしいかなぁ」

「じゃあそれで」


 雨宮祝は、雨を司る竜神を祀る一族の末裔だ。彼自身も竜人で、ダークグレーの長髪の間から枝分かれした角が伸びている。

 交渉が成立すると、「こっち来て」と祝はまた授与所の奥に引っ込んだ。横にある扉を開けて中に上がる。袴の裾から伸びる髪と同色の尾を追い、奥にある一室に入った。


「はいはい、クッキーちゃんね。りょーかいっと」


 猫のプロフィールと写真を確認した祝が空中に手をかざす。と、ぱらたたたたた……と軽い紙音を立ててその襟元からいくつもの形代が飛び出した。


「じゃ、見つかったら教えてね」


尻尾をピョロピョロと振りながら窓を開けると、一斉に人形の紙が飛び立っていく。


「よし、あとは待ってようか。なんか飲み物持ってきてよ滋ヶ崎、冷凍庫にアイスあるから」

「なんで俺が……」


 文句を言うものの、いつものことなので勝手知ったる家の中を歩き、冷蔵庫からお茶とカップアイスを持って戻る。


「あ、ねえねえ滋ヶ崎、この前さ、なんか滋ヶ崎んちにバカでかい木生えてたけどどうしたの? あれ僕があげた木だよね?」

「あれなー。なんか家に人が降ってきたんだけど、そいつが『スクスク!』とか言ってクソみてーな魔法かけたせいであんなんなったんだよ」

「え。なにそれ。魔法? 面白っ! 異世界人なの?」

「多分?」

「えー、いいな、見てみたい! 滋ヶ崎んちまだいる?」

「いるよ。邪魔くせーし早くなんとかしたい」


 アイスをつつきながら話していると、窓の外から形代が戻ってくる。祝――というか、祝の式神――は優秀なのだ。


「あっ、『似たような猫発見:公園の椅子の下に隠れている』だって」

「相変わらず早いな……まだアイス食べ終わってねえよ」


 急いで残りのアイスを口に入れていると、パラパラと形代が他にも戻ってくる。


「『学校の裏手』『北側の家の縁の下』『佐々木さんちの駐車場』……結構それっぽいやついるらしいね」

「ま、しらみつぶしに行けばいいだろ」


 村内から出てさえいなければ、見つかるのは時間の問題だ。村の周りは山と森に囲まれているため、人も動物もそうそう村の外に行くことはない。


「待って待って滋ヶ崎、猫ちゃん捕まえたら家帰るでしょ、手伝うから異世界人見せてよ!」

「いいけど……結構存在が不愉快だから覚悟しとけよ。お前みたいなの見たら『鱗が生えているなんて穢らわしい亜人間め』とか言うぞ多分」


 滋ヶ崎が戻ろうとすると、祝も慌てて立ち上がった。アイスのカップを捨てて台所へと走り去る。


「ねー、異世界人って何食べる? なんかあげたい! 鶏ささみの茹でたのとかどうかな?」


 台所から大声が聞こえてくる。完全に滋ヶ崎のペットを見に行く感覚のようだ。


「鳥は食べない! 他は知らん!」

「じゃあきゅうりは!?」

「きゅうりは食べてた!」


 叫び返すと、よしよし、と戻ってきた祝は手に1本のきゅうりを握りしめている。


「これあげたら仲良しになれるかな?」

「カッパじゃねえぞ……」


 祝を連れて猫の捜索に向かう。猫は学校の裏手にいた。祝が「クッキーちゃーん」というと大人しく寄ってきてケージの中に入ったので、依頼人の家に届けて終了だ。


「よーし、いっせかいじん、いっせかいじん」

「一応マルコなんとかって名前だからな」


 きゅうりと尻尾を振る祝を連れて家に戻る。


「おーいマルコ、戻ったぞ」

「マールコちゃーん、きゅうりあげるよー」


 家の中はしんとしたままだ。台所、奥の部屋、二階と見て回るがどこにもいない。


「あれ……おっかしいなあ……?」

「逃げたんじゃない?」

「ううん、そんなガッツのある感じには見えなかったんだけどなあ……」


 ビビって隠れたのかと押入れの隅を見てみたりするがやはりいない。


「ふむむ」


 祝は持っていたきゅうりを一口かじると、懐から形代を出した。


「どんな見た目?」

「金髪で青い目。身長は……俺より少し小さいかな、白いてるてる坊主みたいな服着てるから、見ればわかると思う」


 あとなんかちょっといい匂いがする、というのは言わないでおいた。


「おっけー。みんな聞いてたね、いっておいで!」


 空中に投げられた形代たちが、滋ヶ崎の家の玄関から飛び出していく。

 すぐに1枚が戻ってきた。


「あっ、名前マルコシウス・ヴァグリキオスで男Ωだったりする?」

「名前は……多分そう? 男。オメガ? ……は知らん」

「うんうんうん、なんか捕まってるっぽいよ」

「なんで?」

「そんで明日のオークションにかけられるっぽいね」

「なんで??」

「そんなの知らないよ~」


 詰め寄る滋ヶ崎に、とりあえずネットで競売情報見られるらしいからチェックしてみようか、ときゅうりをかじりながら祝は言ったのだった。

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