第21話 マルコシウス、愛玩されたい

「おい、勝手に立ち止まんな、リード付けんぞ。マルコシウス、ヒール!」


 滋ヶ崎は戻ってマルコシウスの腕を引いたが、歩き出す気配はない。


「……あ、お前ここに残りたいの? それなら話つけてくるけど」


 腕を離してまた湖畔堂に戻ろうとすると、ぐいと背中を引っ張られた。振り向くと、俯いたマルコシウスの手がジャケットの裾を握っている。


「や、康弘は……それで、いいんですか」

「ええー……」


 何だ何だ。滋ヶ崎は少し考え、それからため息を吐いた。


「なにお前、俺がお前のことあっさり手放しそうになったから拗ねてるわけ? 『マルコシウスは俺んだ! いくら積まれたってお前なんかにやるもんか!』と。そう言って欲しかったのか?」

「……」

「あとついでにあのねーちゃんの胸ばっか見てたのも気に食わない、と。『そんなのより私のチンコを見ろ』と、そういうわけだな?」

「…………っ!」


 図星だったのか、マルコシウスの手が飛んできた。軽くいなして首輪を下に引っ張る。


「ノーだ。飼い主に手を上げるんじゃない」

「んぐ」

「お前さあ、それなら『私は今のままがいいです』って言えばいいだろ。『あなたのものじゃない』ってグズグズ言うから選択させてやったのに素直じゃねえな」


 首輪から手を離すと、ぜいぜいと肩で息をしたマルコシウスが滋ヶ崎を睨んだ。怒りで燃える目が、早くも潤んでいる。

 今日は外食は無理そうだな、と滋ヶ崎は思った。鶏のたたきにビビらせてやろうと思ったのだが。雨底村には変なやつが多いが、だからといって往来で泣いてキレる成人男性が目立たないわけではない。また騒ぎ出す前に家に連れ帰ろうと手を引くと、今度のマルコシウスは大人しくついてきた。


「だ、だって……それじゃあ……違うじゃないですか」

「はあ?」

「私は……」


 そこまで言いかけ、マルコシウスは黙り込んだ。


「……いいです」

「ああそう」


 これ以上察して動いてやる義理はない。まあ一発ヤったら大人しくなるだろう、と滋ヶ崎は結論づけた。ごちゃごちゃうるさいやつは体に聞いたほうが早い。

 家に着くと、靴を脱ぐか脱がないかのうちにマルコシウスが抱きついてきた。抱きつく、というよりタックルに近い勢いだったが、マルコシウスの力では大差ない。


「お、どしたどした」


 頭を撫でてやると、背伸びしてきたマルコシウスの唇が滋ヶ崎の頬にぶつかった。


「ん」


 滋ヶ崎は薄く笑い、それに答えてキスを返した。咥えるのは上手いくせに、キスの舌使いはぎこちない様子なのが少し切ない。


「……ん、ん、ふっ」


 舌を吸い、柔らかな口の中を舐め回す。甘く吐息を漏らすマルコシウスの手が滋ヶ崎の腰に回り、たどたどしい手つきでベルトやズボンの金具のあたりを撫でた。


(こういうとこは可愛いんだけどな)


 必死に体を擦り寄せて手を動かしてくる姿に、腰のあたりが熱くなってくる。絡ませたマルコシウスの舌を軽く噛むと、その指先が震えた。


「んんっ」


 大きく息をついてマルコシウスの頭を撫でる。濡れた目をした美青年は、とろとろと切なげな表情でその手に頬を寄せる。

 玄関から差す夕刻の光、その光に照らされる金髪と紅い頬。細い体を包むシャツは滋ヶ崎からの借り物で大きく鎖骨が覗いている。そこになんとも言えない淫靡さと背徳感があった。

 まるで、天界から落ちてきて頼るよすがもない天使に、生きるためと称して体を売らせるような——


(いや、あんま変わんねえのか)


 目尻に浮いた涙を拭ってやる。着の身着のままでやってきて、できるのは少し歌を歌うことと踊ることくらいで。それでも生きていくために、多分マルコシウスにはこのくらいしか思いつかなかったのだろう。

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