第8話 マルコシウス、競られる

 オークションは毎週木曜日にある。


「なんだってまー、人さらいなんかに捕まったのかね。子供じゃあるまいし。攫う方も攫う方だよな、あんなくそみてーな奴どうしようってんだ」

「まあ、異世界人なんだし仕方なくない? 魔法使いって割と希少価値だし」


 木曜日、滋ヶ崎と祝は異界にあるオークションの下見会場に来ていた。競りが始まるのは数時間後だ。別にネット経由でも落札はできるのだが、会場で競り落とせば商品の当日受け取りが可能なのだ。

 なぜ自分の家から逃げ出した人間を連れ戻すのに競り落とす必要があるのか、やはり何かおかしいのではないかと滋ヶ崎は思ったが、深く考えるほどに腹が立ってくるのでやめにした。


「そりゃ普通魔法使いは人攫いに捕まんねーからな」


 魔法使いは戦闘力が高いため通常人買いに捕まることはないし、ある程度魔法が使えるなら傭兵になったほうが最終的には稼げることが多い。オークションに出されるような魔法使いというのは、マルコシウスのような魔法使いとは名ばかりの奴か、あるいは借金で首が回らなくなったなどの理由で自ら出品されに来た奴か――いずれにしろどうしようもないアホがほとんどだ。


 煌びやかな宝飾品、人魚、獣人、魔獣。それらに混じって展示されたマルコシウスは、猿轡をかまされて檻の中に閉じ込められていた。薄く最低限の部分だけを隠す布切れに包まれ、とろりとした表情でクッションの上に寝ている。商品が傷つかないように薬か魔法で処置されているようだ。

 出品票には「20歳♂第3世界系人 / 魔法使用可 / 美品 / 髪色:金・目色:ブルーグレー / 備考:Ω(♂だが妊娠可能)」などと書かれている。


(あ、あいつ子供産めるんだ。異界人にも色々いるもんだな……)


 性別を問わず妊娠させたり、両性具有だったりする存在は滋ヶ崎も知っていたが、性別を問わず妊娠する方ははじめて見た。なるほどなんかオメガオメガ言われていたのはこれのことだったか、と一人得心していると、「わあきれい」と隣の祝が歓声を上げた。


「僕が買おうかな」

「今はおとなしいからそう思うんだ、喋り出したらクソだぞ」

「じゃあ買ったら一生寝かせておこう」

「よしお前は競りに参加すんな」

「なんで!? いいじゃん僕が買っても! かわいい子供産ませたいよー」

「見た目だけじゃなく性格も遺伝するんだぞ、よく考えろ」


 とはいえ実際にマルコシウスが喋ったところを見たことがなければ難しいかもしれない、とも思う。まあマルコシウスの方も加虐心を煽るような性格をしているので、好きな人は好きかもしれない。あいつがおとなしくなるまで殴るのが祝の趣味かどうかは知らないが。

 他の商品も冷やかしてから一度昼食をとり、会場に戻る。滋ヶ崎はオークション代行も請け負うので、手慣れたものだ。


「ところで予算いくらなの?」

「知らねえよ……落とせるまで出す」

「お、ご執心ですね~」

「……うっせえな」


 別に勝手に家を出て言って勝手に売られているのだから放っておいてもいい、ような気も確かにする。だがここで変な奴に競り落とされると全身バラされて薬の材料になったり、邪神への生贄になったりして人生終了である。それを知っていながら見過ごすのは、滋ヶ崎としては耐えがたいものがあった。横に並んでいる獣人や人魚たちまで面倒は見きれないが、マルコシウスくらいは助けてやりたいのだ。


 幸いにして資産はある。以前竜王の依頼を受けたときの報酬が使いきれないほどあるし、競り落とせないということはないだろう。とはいえそれはそれとしてマルコシウスに金はできるだけ使いたくない。


 カァン! とアンティークな木槌が鳴り、オークションが始まった。最初はカーバンクルの額の石からだ。今日の目玉商品は生きた人魚だそうで、マルコシウスの出番は中盤ごろらしい。


(かわいそうに、あいつ目玉商品にもなれねえのか)

 パドル番号札と一緒に渡されたタブレットを見ながら、順番と開始価格をチェックする。普段あんなに偉ぶっているくせに、切り落とされた獣人の右腕よりマルコシウスの方が最低落札価格が下なのは哀れだった。


「わあきれい! どうしよ、え、買っちゃおうかな、ねえ滋ヶ崎、ねえ」

「好きにしろや」


 祝が宝石に目を輝かせているうちに、マルコシウスの番がきた。

 がらがらがら、と大きな音を立てて籠が運ばれてくる。相変わらず中のマルコシウスはぼんやりとした顔をして客席を見ているばかりだ。


「68番、魔法使い、美品です! ♂でΩなのでヒトの繁殖用にも最適です、最低落札価格6000万から!」


 オークショニアの槌が鳴る。ばらり、と会場の半分程度の番号札が上がった。


(あんな奴を落札してどうしようってんだ……!?)

「6500、7000、7500、8000、8500、9000……」


 滋ヶ崎の疑問をよそに、オークショニアが早口で唱える金額が吊り上がっていく。2億を超えたあたりで大半のパドルが引っ込んでいくのを確認し、滋ヶ崎は自分のパドルを上げた。


「2億500、1000、1500、2000、2500、3000、3500……」


 だが意外なことに、そこからの減りは遅かった。

 無駄に見た目がいいせいか、魔法が使えるせいなのか。会場の真ん中では、不思議そうな顔をしたマルコシウスが座っている。


「……8000、8500、9000、9500、3億!」

(あああああクソが!! あんな奴いらねえだろボケ!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る