第4話 留守番の少女(後編)

 シャーロットと名乗った少女は、目の前で楽しそうに歌を口ずさみながら、小さな手を器用に動かしていく。

 

 メグが大きな器に小麦粉を分け入れ、しぼった乳、朝採った卵、そしてたっぷりのアーモンドの粉を入れ、最後に塩、糖蜜を適量入れ生地きじねる。

 それをシャーロットが小さく切り分け、平たく伸ばす。

 この少女にとって生地作りが難しかった様で、メグが生地を捏ねあげた後、上機嫌で菓子作りに取り組んでいる。

  

 二人で伸ばした生地を葉っぱの形に成型し、出来上がったビスクのタネを焼釜やきがまの板に並べた。


 暫くすると、こんがり焼けた小麦の匂いにアーモンドの香ばしいかおりりが部屋中に広がり、鼻の奥を刺激する。何とも言えぬ甘く美味しい幸福感が二人の心を満す。


 二人向き合い、香りを大きく吸い込んだ。

「はあー」幸せな声をあげる。


 ◇◇◇


 いつの間にか日は落ち、辺りは暗くなっていた。

 部屋に灯した明かりが、ゆらゆらとガラス箱の中で揺れている。


 シャーロットがホットミルクの入ったカップをテーブルに、二つ置いた。

 目の前には、焼き上がった大量のビスク。

 二人は、ほんのり温かなミルクに口をつけると一息つく。


 ◇


 シャーロットが出来上がったビスクの菓子を皿に取り分けていく。

 

 皿は三つ。


(一皿はレイ先生に、一皿はシャーロット自身に、一皿は私の?……かな)


 メグは何気なく、シャーロットにたずねた。


「どうして三つに分けるの?」


「一つは大好きなレイ先生に」

 気を許した警戒感のない表情で、彼女は口角を上げてくれた。


「一つは私たちに」

「もう一つは……母さまに」


「お母さま?」と小首を傾げる。

 

 シャーロットは「母さまに」と言った皿の前にひざをおった。


 二本の指先を額に当て目を閉じる。

 そして、静かに両の手を胸の前で合わせた。


「……」


(―――ばかっ!)


 一瞬、胃の下が突き上げられ息が止まる。

 メグは顔を隠す様にひたいを押さえ、目を閉じ下を向いた。


(なぜ、こんな小さな少女が……)

(なぜ、「レイ先生」と慕う少女が一人、義母さまの帰りを待っているのっ) 


 目の前で小さな手を合わす少女のつらい境遇が幾つか脳裏に浮かび、メグは口を隠した。


 静かに祈るシャーロットのうなじを見つめた。


「私も一緒にいい?」


 メグはシャーロットの横で真似る様に胸の前で手を合わせ、目を閉じた。


「…………」「…………」


 静かな祈りに、ゆっくりとした時間が流れた。


 メグにとって、雑多で日々慌ただしい王都の暮らしにこれ程、静に傾倒した時間を費やした記憶が無い。


 何故こんな所に年端もいかない少女が、先生と仰ぐ義母の所に居るのか?

 今までのシャーロットが見せた笑顔が、とげの様に胸を刺す。

 

 思わず伸ばしかけた手が、少女の頭に触れそうになる。

 指先で髪を撫で、頬をなでそうになる。


 ふと、子供の頃、母に菓子が詰まった綺麗な箱をもらった事を思いたした。

 嬉しくて嬉しくて、暫く眺めていた記憶を思い出す。

 

「そうだっ! ちょっと待ってて」

 メグは旅行カバンの中をゴソゴソと探った。


 化粧道具が入った化粧袋を手に取ると化粧道具をひっくり返す。

 王都の市場で、北方の国の旅商人が売っているのを見つけ、すごく気に入って買い求めた綺麗な模様がほどこされた袋。


 その袋をシャーロットに手渡した。

「これにビスクを入れましょう」


「ありがとうっ」と少女は両手を差し出す。

 うれしそうに袋を受け取ると、分けたビスク菓子を順に詰めはじめた。

 

 目の前の少女は、とても軽快な鼻歌を口ずさみながらビスクを詰めていった。

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