第8話 かけだし魔導士の心得

 ◇◇◇座学の時間。


 メグは緊張した面持ちでテーブルに座った。

 

 義母さまが豪華な背表紙にとじられた、とても重そうで古びた本を開いた。


 隣にはシャーロットが座る。


 魔法属性の検証結果はさておき、義母さまが魔導士の心得を教えてくれる事になった。

 

 義母さまは慣れた手つきで石板に図を書いていく。


 卒業以来かあ……何とも言えぬ久々の風韻気に少し緊張感する。

 

「コン、コン」


「初めに言っておくよ」

「魔法は偶然に発動するものじゃないんだ」


「魔法を使うには、まず魔法の基礎知識を身につける必要がある」

「魔法の歴史や理論、種類や属性、効果や制限などを学ぶことで、魔法の仕組みや応用方法を理解できるようになるんだよ」


「そして、魔法のを知らなければ、いい魔法にならない」


「だから魔導士は、日々色々な知識を学ばなきゃダメ」


 シャーロットは、大きなキラキラした瞳で大きくうなずく。


 私たち二人の「レイ先生」となった義母さまは、石板に文字を書き示す。

 見た事も無い文字が並び、聞いたことも無い言葉が飛ぶ。

 

「いいかい。魔法というのはね」

「物質の理解、質量や容量、力や速度、距離などの緻密な物理計算をおこない、それら全てを融合する」

「そしてっ! 新しい魔法を創作して発動させる」


 メグが、恐る恐る右手を上げる。

「魔法って結構、難しいんですね」


「でも面白そう……」


 レイ先生は、「うん、うん」と大きくうなずいて見せる。


「そして大事なのがっ。度胸!」


「どきょう?」


「そう、魔法を放つ時の度胸さ」

「これが無いと、大きな一発が撃てないのさ」


「魔術士の様に魔法道具や魔法陣なんてものを使ってもいいのだけど」


「そう、あれだ。んんーなんて言うかな」


「感覚ううう!」シャーロットが合いの手を入れる。


「そう! 感覚!」

「複雑に絡み合った、マナとマナ」

「そして思いがけない物質の変化」

「あの全身を覆うしびれる感覚があ何ともたまらんのだよ」


 ふと我に返る。

 熱く語るレイ先生を見つめる二人。


「んんっ。とまあ、魔法とはワクワクして面白いものなんだ」


「これから、色々な知識と体験を積み重ねてね」

「君は、一人前の魔導士になっていくんだよ」

 

 一瞬。腕にザワリッと鳥肌が走り、背筋を何かが駆け上がった。


(あの時、義母さまと私たちを包んだ白銀の光)

(体に巡った不思議な感覚)。

 

 今、義母さまが口にした言葉が、体の中で溶けた。

 無意識に大きく息を吸った胸に気付き、手の平に汗がジンワリとにじんだ。


 ◇◇◇実技の時間

 

 丘の上に立つ大きな木の下に、三人が円になって座る。


 風は静かな南風。葉擦れの音がサラサラとなびて心地いい。


 背筋を伸ばし、肩の力を抜き、静かに目を閉じる。

 呼吸はゆっくり、大きく。

 五感を研ぎ澄まして自然の機微きびを感じとる。


「はあー。ダメだあ」


 かけだし魔導士のメグは、肩を落として落胆の溜息をついた。


「じゃあ、シャーロットやってみて」


「はーい」

 シャーロットが、小さな手の平を広げる。


「ぼふっ!」と、小さな炎が燃え上がり消えた。


 となりで見ていたメグが驚いて、ひっくり返りそうになる。


「シ、シャーロット、あなたっ!」

「今、どうやって出したの!?」


「よくわかんなーい」と首を傾げる。


「ハハッ」と義母さまが愉快そうに大笑いする。

「まあ、こいう娘もたまにはいるけどねえ」  


「そう一長一短にできるものじゃない」

「魔法なんて、何年、何十年とかけて修行するもんだよ」

「すぐできるヤツもいれば、なかなかできないヤツもいる」

「一つしかできないヤツもいれば、器用にいくつもできるヤツもいる」

雑把ざっぱな魔法もあれば、美しい魔法もある」


「でもね……メグ、あなたは自分の体で魔法を実体験をしてるからね」


「あの時の感覚を思い出してごらん」


「ゆっくり、ゆっくりとね」


 義母さまの瞳が優しく笑いかけた。

 そして、丘の先に見える遠くの空を見上げると、懐かし気に口元を緩めた。

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