第9話 厄災の騎士さま
夜の森は、凶暴な獣たちが気配を消し狩りに身を
木々が繁る大樹の幹では、いたずらな精霊たちが人を惑わす。
暗闇の森は決して人が立ち入ってはいけない場所。
そこは人が決して支配する事ができない禁足の森。
◇
一人の騎士が、暗闇の森を彷徨っていた。
騎士が頼るのは木々の隙間に見える月の光。
そして一本の剣と身の護る鎧だけ。
放つその剣技と堅固な鎧で辛うじて身を護り、闇に潜む敵を寄せ付けない。
騎士の息使いは荒い。
今にも倒れそうな足どりで重い剣を杖代わりに、やっと重心を支える。
息をつく間もなく、闇に潜む敵は襲いかる。
肩口に喰らいついた牙を辛うじて防いだが、鋭い爪と勢いに押され態勢を崩す。
騎士は無我夢中で敵を振り払った。
その時、足場の感触が消えた。
騎士は足を滑らせ谷の斜面に呑み込まれていった。
◇◆◇◆厄災の騎士さま
今日もメグは
顔を洗い朝日を浴びる。
身だしなみを整えると、朝食の前の瞑想(イメージトレーニング)である。
駆け出し魔導士には大事な日課だそうだ。
小鳥たちのさえずりを聞き、自然の音に耳を傾けながら大きく深呼吸をする。
「はあー」大きな溜息をついた。
「魔法って難しい」
「でも、何かがつかめそうな……」
「そう、今日は何か違う予感がする」
とその時、小鳥たちが一斉に空に飛び立った。
突然の音にビクリッと肩が跳ね上がる。
金属が擦れ合う鈍い音。
木々の間から黒い人影。
鎧兜を身に付けた一人の騎士が現れ、ガシャリッと倒れ込んだ。
「ひいっ」「何い?」「えっ?」
体が驚いて跳び上がり、悲鳴をあげた。
胸の鼓動が急に早くなる。
自分が息をしていない事に気付き、慌てて息をする。
「……」
目の前で倒れ込んだ、鎧の騎士は動かない。
「……」
メグは恐る恐る騎士の側に近いた。
(こ、これは……)
泥で汚れ、傷ついた鎧。
その鎧には、見慣れた王国の紋章が刻まれていた。
王国の騎士さまである。
安堵に胸をなでおろしたメグは、呼吸を整える。
そして、少しず少しずつ、横たわる騎士の口元に耳を側付けた。
(―――息は、ある)
(途切れそうで苦し気な息)
メグは急いで騎士のかぶっていた
髪がフサリッと垂れ、苦し気な息を繰り返す金髪の男性の顔が現れた。
「だ、大丈夫ですか?」
「騎士さま!」
「しっかりしてください」
声を荒げ大声で呼びかけるが、返答は無い。
とにかく急いで体に装着した鎧の留め具をはずす。
そして、力いっぱい重い鎧の胸部を押し退けた。
家の中から、メグの悲鳴を聞きつけ、義母さまが駆け寄って来た。
「……」
状況を見た義母さまが、いぶかし気に眉間にしわを寄せ目を細めた。
「とにかく、この人を中に運びなさい」
「体の鎧は、全てはずして」
「あっ、ちょっと待って」
義母さまが横たわる騎士に手をかざす。
何か詠唱を唱えると「これでいいわ」と後ろにさがった。
メグが鎧をはずそうと騎士の腕をさわる。
「ええっ!」騎士の体が滑る様に横に動いた。
メグが目を見開き、振り返る。
「この魔法。便利でしょう」
「重くない様に少し浮かしてるのよ」
と義母さまは、子供っぽい目でウインクした。
◇◇◇
騎士さまの
「この熱」「皮膚の色合い」「匂い」
「これは、毒だね」
メグとシャーロットは目を見合わせた。
義母さまが目を細める。
「それも……かなり珍しい毒だよ」
「ある場所にしか、存在しないはずの毒だ」
「義母さま。ご存じなの……」
明らかに
「とりあえず、治療はしよう」
「まずは、解毒と解熱だ」
義母さまは、苦しそうに息をする騎士さまに両手をかざし、口元を動かすと詠唱を唱え始めた。
暫くすると、息を大きく吐きながら衣服を整える。
そばにいたメグを呼ぶ。
「メグ。この人に薬を飲ませて」
「後は汗を出し、水分を与える」
「これをを繰り返す」
「後は本人の体力と気力、運しだいだね」
冷淡な物言いと診断の結果にメグとシャーロットが押し黙った。
◇
家のドアを激しく叩く音がした。
村人が大声で呼ぶ声が外から聞こる。
「先生。先生。大変だ」
「山に出かけた村の連中が戻って来たとたん、熱を出して寝込んじまって」
村人の話しを聞いていたシャーロットが、メグの腕に抱きついた。
顔を押し付け、小さく震えている。
(シャーロット、何?)
義母さまの手が差し出された。
「シャーロット」
「君は何も心配しなくていいんだよ」
「ここは私の家。安全な場所だ」
「私が、君を護るからね」
義母さまが膝をおり、シャーロットに顔を近づけると、珍しく母の様な優し気な口調でシャーロットの頭を撫でた。
「メグはシャーロットをベットに寝かし付けてあげて」
「私は、村の人たちの診療に行って来るからね」
「それから……」
「そこの騎士の世話をお願い」
「この薬と水を十分に飲ませて」
と言い残すと義母さは、村人と出て行った。
結局、シャーロットは一人になるのが嫌だと言うので、そばのソファーに寝かしつけた。
そして、メグは腕まくりすると弱々しく呼吸を繰り返す騎士さまに向き直った。
◇◇◇
義母さまの治療で、荒い息がおさまった騎士さま。
水桶に浸けたタオルを絞り、泥と埃で薄汚れた騎士さまの顔を拭く。
一瞬。ドキリッと喉を鳴らした。
(都にこんな美しい人がいるなんて……)
同僚の女の子たちと、よく噂話しをする。
街の女性たちの憧れ、王国の騎士さま。
王宮の中は華やかな場所と聞く。
王族や集う貴族たちも、皆、この様な人たちなのだろうか?
などと妄想しながら、ふと我に返り、妄想を払う様に顔を振る。
「リック。ごめんなさい」
メグは夫のニックが居るであろう都の方角を向くと、心の中で手を合わせる。
「あなたと言う伴侶がありながら……」
「これも、人助け。目をつぶってちょうだい」
ベットに横たわる騎士さま。
横たわる騎士さまの胸元を結んだ衣服の
義母さまが置いていった苦々しい色と匂いのする治療薬を騎士さまの口元に運ぶ。
水をたっぷりと飲ませ、また汗を拭く。
いつの間にか陽は暮れ、赤い日差しが窓から差し込んでくる。
眠い目をこするメグの手から、濡れたタオルがポトリッと落ちた。
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