第10話 光の魔法

 メグは、小さな手の平に揺り起こされた。


「メグ」「メグ」


 シャーロットが何か言いたげに顔を近づけてくる。


(あっ! 私、いつの間にか眠ってしまったの)

 

 小さな指が、チョンチョンと指をさす。


 眠っている騎士さまの顔には自然な赤みが差し、穏やかな表情を見せていた。


 義母さまが言っていた命の危険である峠を越したのだ。


 ◇


 一安心しながら、濡れタオルを絞り、騎士さまの首元を拭く。


 顔を拭こうと手を伸ばしたその時、シーツがモゾリッと動いた。

 

「きゃ!」


 騎士さまのきれいな指が、手首をつかんだ。


 強く握られた右手は、びくとも動かない。


 騎士さまのまぶたが、パッと開く。

 青い瞳の騎士さま。現状を素早く判断する様に、慌てるメグの顔を見つめる。


「君は、誰だ」

「……」

 

 握られた手をほどこうとするが、さらに力強く握られる。


 心臓の鼓動を押さえなら、冷静に冷静に丁寧に言葉を選んで言葉を出す。


「よ、よかったです」

「い、意識が戻ったのですね」


 とメグは、ここ一番とばかりのクールで包容力を混ぜた笑顔を作って見せた。


「んんっ。こ、ここは?……」


 少し困惑し戸惑った様子の騎士さまであったが、自分が知る限りの情報を職場の上司に報告する様に丁寧に説明する。


「ここは、エルドールの村です」

「騎士さまが、庭先で倒れているところを御助けいたしました」


「そうか……」

貴女そなたには感謝する」


 騎士さまの丁重な物言いに、内心ホッとしながら胸をなでおろす。


 義母さまのあの苦々しい薬が効いたのか、それとも魔法が効いたのか。

 あれほど弱っていた騎士さまの体は、会話ができるまでに回復してる。


 

 騎士さまは痛みをこらえる様に、ベットから体を起こそうとする。


「ま、まだ動いてはダメですっ」


 起き上がろうとする騎士さまを慌てて体で支えた。 


「……」


(か、顔が近いィ)


貴女そなたが治療してくれたのか?」


「い、いいえ。私でなく、義母さまが」


「そうか」

「傷も治っている……良い治療うでだ」


 と体を摩りながら傷ついて痛んだ箇所を軽く動かして確認する。


 ◇◇◇


「何か御口にしたほうが良いですね」


(元気の出る何かあ? やわらかなものが良いかしら……)


「そうだっ」

 

 メグが美容の為に毎日欠かさず食べているもの。

 旅の間にも携帯して持って来た、梅の実を干した蜜漬けをさしだす。

 

 初めて見たのであろう騎士さまは、梅の実を摘まむと一口に放り込んだ。


「んっ!」ピンッと背筋を伸ばす。

 酸っぱさで思わず顔がゆがむ。

 

(騎士さまは、驚いた所作も美しい……のね)

 

 と内心思いながら、口元を隠す。


 隣で、シャーロットが食べたそうに瞳を輝かせているので、一つ摘まんで、口に入れてあげる。

 キーンと背筋を伸ばし、目を見開いた。


 結局、器に詰めていた梅の実を二人で、ほどを食べてしまった。


 ◇◆◇◆治療薬


 昼が過ぎた頃、昨晩から村に出かけていた義母さまが、疲た顔で戻ってきた。

 部屋に入るなり、大きな溜息をつく。

 一晩中、村人たちを往診や治療をしていたのか、彼女のまぶたは重く眠そうである。


「義母さま。村の人たちは大丈夫でしたか?」

「んんん……何とか大丈夫だよ」

「処置はしたが……夕方また出かけてくるよ」


 と差し出されたカップの水を一気に飲み干す。


 カップ越し、意識を取り戻した騎士さまを見定めた。

 とたんに義母さまの目が吊り上がった。


「君っ!」

「君のせいだよ!」


 騎士さまに向かって、喰いつく様な大声で苦言を言い放った。


「君たちの御家事情は知らないけどさ」


「病気の発生源は君っ!」


 と、指をさす。


「やっかいな病気を持ち込んでくれた」


「君たちを媒介して村に病が広まっているんだ」


 まるで古い知り合いの人にでも攻め立てる口調で、騎士さまに向かって苦言をまくし立てる。


「ふうー。もういい」

 と、苦言を出し切った様子で息を吐き、腰に手をあてる。

 

「君の病が治ったんなら、治療薬を作るよ」

「村の人を治す治療薬をね」


 また指をさす。


を媒体に薬を精製するから」


「メグ。あなたも手伝ってちょうだい」


 その言葉に騎士さまの手が素早く動いた。


 静かに義母さまの苦言を聞いていた騎士さまであったが、側に置いていた剣に手をかけた。


 先ほどまで、紳士的に会話をしてくれていた騎士さまの優しい目が、鋭く義母さまをにらむ。


貴女あなたは、いったい何者だ」


 騎士さまの表情に警戒と怒り、そして恐れがにじむ。

 

「人の血を使って治療薬を精製するなど!」

「人道を反れますぞ!」


 義母さまは、騎士さまをにらみ返す。

 と、その白いほほを張り飛ばした。


(な、義母さまっ! なんてこと!)


「君は、王国のだろ」


「それくらいのは、習っていないのかっ!」


 二人の会話の意味が分からないが……。


 以前、王都で流行した流行り病、その時に用いられた治療法らしい。

 今は、国の法律で禁止されている禁忌きんきの魔法。


「頭の固いバカ者どもがっ。まだそんな事を言ってるのかい」


「時間が無いんだよ」

「何故かは知らないが、君はこの病の抗体を持っている」


「村の皆や、君の仲間たちが治療薬を必要としているんだよ」


「……」「……」 


 騎士さまが左手に持った剣をさやから抜き放った。


「騎士さま! やめてください!」

 思わずメグが前に出たが、足が止まる。


 騎士さまは、剣の刃を自分の腕に当てると、スッと刃を引いた。


 真っ赤な血があふれ、腕から指先に伝う。

 

「これで、よろしいか?」


 騎士さまは高ぶった気勢を静める様に、低い声で言った。


 義母さまは、満足気にニヤリと口角をあげた。 


 ◇◆◇◆光の魔法


「準備は整ったね」


「メグ。あなたがやりなさい」


「あなたの魔法で」

「治療薬を精製しなさい」


 いきなりの申し出にメグは驚き、目を丸くする。


「いえ、いえいえ」

「義母さま。私には、そんな事できません」

 と首を振る。


 義母さまの手がメグの手をとる。


「えっ。義母さま」

(手の平が異常に熱い。息も微かあがっている……)


 メグの驚きに気付いのか、叱咤しったする様に短く息を吐く。


「ちょっと頑張り過ぎたよ」

「気を抜いたらこのざまだ……」


「いいかいメグ」

「今は、あなたしかできない!」

「苦しんでいる村の人たちのために」


「君が治療薬を作るんだ」


 ◇◇◇

 

 全ての条件はそろった。

 目の前に置いた、騎士さまの血が混ざった生薬の瓶に手の平をかざす。


 呼吸を整え、集中する。


「メグ、思い出しなさい。あの時の感覚を」

「体に流れる命の流れを」


「私の言葉を復唱しなさい」


「そして、言葉一つ一つをイメージして現実のものにしなさい」


 メグは、大きくうなずく。

 義母さまを真似て、詠唱を口にする。

 

「我が身に宿りし、光の破片」  

「冥護の星より伝わりし光の力」


「光に満ちたる命の根源を読み解き、我が身に宿れ」


「かの者の願いによって、光明の息吹を注げ」


「…………」


「もう一度」


「我が身に宿りし……」


「…………」


「もう一度」


「ダメッ。私にはできません」


 メグが首を振る。


 義母さまが、メグの背中越しから手を差し伸ばす。

 そして、手の平をメグの手の甲に重ねる。


 耳元で囁く……


「一緒に唱えなさい」

「……」


「我が身に宿りし」

「光の破片」  

「冥護の星より伝わりし光の力」


「光に満ちたる命の根源を読み解き」

「我が身に宿れ」


「かの者の願いによって」

「光明の息吹を注げ」


「…………」

「…………」


 義母さまの指が優しく動いた。


 ふわりっ。と指の周りに金の粒子が現れる。


「集中して」

「もっと集中して」

「イメージして」


 金の粒子は集まり帯状となり、二人の手に纏わりついた。

 

「…………」


 赤く濁った生薬の瓶が、見る見る透き通るほどに透明な色に変わる。



「ほら、できたでしょ」


 ◇◇◇


 メグが、目の前に置かれた生薬の瓶に手を伸ばそうとした。


 まだ消え残った青白い光を微かにまとい、その光は優し気に輝いている。

 

「できた……私にも……魔法が使えた……」


「あらっ」


 膝がガクリッと力無く落ちた。

(体が重だるい。体中の力が抜け、溶ける様)


 背中越しの義母さまが、倒れかけたメグの腰をしっかりと抱き止めた。


「メグっ!」

 そばで観ていたシャーロットが心配の声を上げる。


 見上げるシャーロットが言う。

「レイ先生、その魔法は……」


 義母さまは人差し指で、「シッ」と唇をさわる。


「若い魔導士が一人、誕生したわ」



 彼女はメグを抱えながら、出来上がった治療薬を小指の先にチョンと浸ける。

 それを確認の為にペロリッと舌先で舐めた。


「ふううう。合格ね」


「この薬を村の人たちに飲ませて」


 そう言うとメグを抱きかかえたまま、ベットに倒れ込んだ。


 力の入らないメグも一緒にベットに沈む。


「ちょっと寝るっ」


「義母さまっ」


 彼女は既に寝息をたて、ベットに体を埋めていた。


「……」


 メグが顔を傾け、ベットに横たわった彼女の横顔を見る。


 その横顔は、満足したうれし気な笑みを、浮かべている様な気がした。




 

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