第11話 魔法陣の家

「それで君は、いつまでここに居座るつもりなのかな?」


 ティーカップに口をつけていた義母さまが、テーブルの上にカップを戻した。


 ホットミルクを飲んでいた、シャーロットがカップの口から瞳を覗かせる。


 対面に腰掛けていた騎士さまが、飲みかけのティーカップを置くと、前髪を横にき流した。


「申し訳ありません」

「まだ、こちらでの仕事が残っておりますので」


「もう暫く、こちらに……」


 と紳士的で丁寧な物言い、口元を少し上げた。


「この家でなくても、いいでしょう」

「うちは宿屋じゃないんだからね」

「村長にでも言えば、もっと良い屋敷を用意してくれるよ」


 と義母さまがテーブルの端をコツコツと指打ちする。


 二人の会話にメグが眉を上げる。


(嘘っ、騎士さま、私は知ってますよ……)


(騎士さまが、この家の裏庭にあるあの温かい湯が湧き出る浴場がとても気に入っていることを)

(幸せそうに大きく息をついていたことを)


(はあー)

(岩の割れ目からこんこんと湧き出る温かな湯)

(大きな岩の真ん中の大きな窪みに、温かな湯が溜まって……)

(自由にゆっくりと足が延ばせる広い浴場、たっぷりのお湯)


(湯舟から見える、空に輝く双子月も夜の星空も、差し込む朝日も最高ですよねー)


 と、目を閉じほほを撫でる。


(ふうー)


 メグが一人妄想にふけっていると、騎士さまが、腰のあたりをゴソゴソと探る。


 「コトリッ」と取り出した金貨を一枚、テーブルの上に置いた。

 そして「カチリッ」「カチリッ」と金貨を積み重ねていく。


 騎士さまが取り出したのは、王国の金貨。

 街の市場などにもめったに出回ることのない、貴重な金貨。

 繊細な模様が施され、王国の刻印が押された、他国にも流通できる代物。

 

「これを、御収めください」

「こちらで、ご厄介になっております迷惑料です」


 義母さまが、呆れた様子を見せる。

「さすがは騎士さまだね」と鼻を鳴らす。 


 シャロットは、その光る金貨に瞳を輝かせる。


 困った様に眉を下げた義母さまは、小さく溜息をもらす。

「シャーロット、せっかくだから受け取っておきなさい」


 シャーロットは嬉しそうに金貨を抱き寄せた。

 宝物が一つ増えたようだ。


 ◇◆◇◆魔法陣の家

 

 森の鳥たちが飛び立った音にメグは目を覚ました。

 隣で寝ていたはずのシャーロットの姿が見当たらない。


 胸騒ぎにかられ布団を抜け出したメグは、外の様子を見に玄関のドアを開けた。

 

 遠目で辺りを探る。


 外は丸い双子月が浮かび、辺りを照している。


(気のせいだったかしら?)


 突然。

 後ろから伸びた手に口元がふさがれ、ビクリッと体が跳ねる。

 腰に手が回され、力強く引き寄せられた。


「しずかにっ」


(き、騎士さまっ)


 力の抜けた腰と膝を支える様な格好で、騎士さまが床に座らせる。


「しずかに―――敵だ!」


 ふさがれた口元は呼吸しやすくなったが、腰に回された腕には力が入る。


 騎士さまは、そのままの姿勢で外の様子を覗う。


「早く、家に戻りなさい」


 と言うと騎士さまは剣を構え、双子月に照らされた草地に走り出た。


◇◆◇◆刺客

 

 金属が交差する音が数回。人の悲鳴が短く聞こえた。

 月の明かりに人影が交差する。


「騎士さま!」

 メグは、慌てて口を両手で覆った。


 居候の騎士が剣を抜き、数人の黒服と向かい合っている。

 

「やれやれ、厄介事を……」


「義母さま!」


 溜息混じりにメグの肩に手を置く。


「義母さま、シャーロットは?」

「あの子は、大丈夫だよ」

「家の中に入れば、誰もあの子には手が出せないからね」


「それにしても、あの騎士、なかなかやるねえ」


 ◇◇◇


 騎士さまが動く。

 跳びかかってきた黒服を一閃、剣で薙ぎ払う。


 黒服が全員、打ち倒されたところに、仰々ぎょうぎょうしい恰好の男が後ろから現れた。


 メグでも判る、魔法使いの男である。

 剣の変わりに、長い杖を持ち、長いローブとつばの広い帽子をかぶっている。

 

 正面で対峙していた騎士さまは、大きく飛び退くと剣を両手で構え、離れた間合いを取った。

 

 ◇◇◇


 突然。

 ガサリッと音がし、二人の横合いから一人の黒服男が現れ、メグたちに向かって来る。

 短剣を両手に構え、黒服の男は大きく跳躍した。


 騎士さまと魔法使いの闘いを観ていた義母さまが、突進して来る男に右手をかざした。


「ぐふっ」

 黒服の男は体を九の字に曲げ、吹っ飛んだ。


 かかげた指先に青白い光の粒が、ふわりと纏わりつくいている。


 ◇


 騎士さまと対峙していた、魔法使いの男が、こちらを見た。


 地面に横たわる黒服の男と対比する様に義母さまをギロリッと見る。 


 何か不思議なものを見たかの様に。 


「……」


 魔法使いの男が杖を掲げた。


 瞬間、杖の先が光り、複数の光がメグたちに放たれた。


「キンッ」「キンッ」「キンッ」


 放たれた青白く光る氷の破片が地面に落ちた。


 私たちの足元からスッと現れた水の壁が、飛んで来たものを防ぎ、弾き落とした。


「フン」

「魔法を使う価値もない奴らだな」と義母さまは小さくつぶやいた。


 そして今度は義母さまが、聞いたことのない詠唱を唱え始めた。


 庭の地面が一瞬、光る。


 そして、二本の光の線が地面を縦横に走り抜けた。


 一閃は大きく円を描き、一閃は波打つ様に交差する。

 

 交差する光は、やがて見た事も無い文字を浮かび上がらせた。


 魔法使いの男の態度が変わる。

 明らかに驚き、後ずさりする。


「貴様!」

「何者だ!」


 怒りに満ちた声で叫ぶ。


「ぐわあっ!」


 魔法使いの男の後ろから、黒服の男の悲鳴が上がる。


「な、なんだ!」

「た、たすけてくれ!」


 次に黒服の男が、大きく宙に舞い上がった。

 足には太いつるが巻き付き、まるで人形を逆さに釣り下げた格好で、黒服の男は体をバタバタさせる。

 

 魔法使いの男の足元からモゾリッと草木が生え、生き物の様にくねくねと伸びるつるが男の体を這い上がった。

 つるに体を絡め捕られた魔法使いの男は、身動きもできず、細い悲鳴の声を漏らした。


 騎士さまの叫ぶ声。


 見ると、騎士さまも伸びたつるに手足を絡まれ、動けないでいる。


「フンッ」と義母さまがが鼻をならした。


「魔法陣を思い知ったかい」

「敵意のある生き物が、円陣に入ると容赦なくからめとる」

「―――大地の精霊の力は」


 家や庭の一帯に施された魔法陣。

 いや、魔法陣の真ん中に家が建てられ、家を護っている。


「お前たち」

「そのまま、大地の精霊の養分になるといい」


(いやいや。義母さま、それはちょっと)

 と、慌てて騎士さまに絡まったつたをメグは外してあげた。


◇◇◇


その後、騎士さまの部下らしい騎士たちが、駆けつけて来た。


「後始末は、我々がいたします」と言って騎士さまは、蔓に絡まった男たちを、引っ張り出すと、また蔓で縛り連行していった。



メグが、先ほどまで光っていた地面を撫でた。

「本当に不思議……」

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