第12話 旅の終りに
山を抜ける街道を一頭の馬が駆けていた。
メグの夫であるリックは、緊急に呼び出された仕事を済ませ、母親と妻のいる村へと向かっていた。
必然と
彼の心配事はただ一つ、先に一人で村へ向かったメグと母親が上手くやっているかである。
念の為ではあるが、二人の仲が上手くいっていない場合に備えて、フォローの言葉を用意する。
妻の欲しがっていた物を買ってあげようか。
それとも、もう少し家事を手伝おうか。
いや、日々の仕事は程々にして、休暇をとって二人で出かけよう。
などと思いをめぐらす。
知らず知らずに、馬を走らす周りの景色が早い速度で後方に流れていく。
◇◇◇
さすがに遠方から馬を走らせていた為、馬の息が荒く、街道沿いの茶屋で一休みする事にした。
ここから村までは一時間あまり、目と鼻の先。
リックは店の奥の小さなテーブルに座ると、携帯していた剣を置き、飲み物を注文する。
小さな作りの店内である、隣人の会話が自然と聞えて来る。
今からリックが向かう村から来たのであろう、老夫婦の様である。
老夫婦の話題は、先日、村で発生した病気の話しだ。
リックの耳にも、この病気の情報は少なからず入ってきている。
「やっぱり、レイ先生はすげえやな」
「そりゃあそうさ」
聞えてきたのは母の事らしい。
老夫婦の口ぶりから内心、母の安否に少しだけ安堵の胸を撫でおろす。
そろそろ店を出ようと立ち上がる老夫婦に、リックが声をかけた。
「あのう、申し訳けありません」
「村で、マーガレット・ミラーと言う若い女性を御存じでは無いでしょうか?」
「マーガレット・ミラー?」
二人は小首をかしげる。
「ああっ、ああああ」
村人は拍子を打った。
「レイ先生とこの、嫁っ子の事かあ」
リックが小さく何度かうなずく。
「ありゃあ……」
「ずいぶんと変わった娘っ子だねえ」
思わずリックは、こけそうなほど肩を落とした。
良からぬ想像が頭の中でフル回転する。
席をたつ老夫婦が最後に一言つぶやく。
「うちも、あんな嫁っ子が欲しいもんだ」
「??」
( そんなに目立つ性格では無いはずだが?)
(どちらかというと、控え目?)
とリックは首を傾げる。
店を出て行く老夫婦の背中を見送りながら、大きく決心の息を吐いた。
◇◆◇◆再会
村に到着したリックが、家の前に立っていた。
幼少の頃のおぼろ気な記憶が懐かしく蘇る。
そして大きく深呼吸を繰り返す。
その時、リックの後ろ道から楽しそうな笑い声聞えた。
聞き覚えのある声に振り返る。
そこには、麦わら帽子に野良着を着た娘の姿。
片方の手に野菜篭を抱え、片方の手には小さな少女と手をつないだ姿。
妻のメグの姿が近づいて来た。
◇◇◇
メグの足がとまった。
家の前で、夫のリックが小さく手を振っている。
「えっ!―――あっ」
「……」
「リック……忘れてた……」
目の前に現れた、旅姿のリックが右手を上げた。
ちょっと驚いた顔の彼。
彼は
控え目にこちらに近づいて来る。
「君、少し変わったね」の一言。
(リック。ほんとにほんとに、ごめんなさいっ!)
(ごめんなさい……)
(あなたの存在を、すっかり忘れてました……)
と心の中で何度かつぶやいた。
◇◇◇
その夜、親子は再会した。
照れた息子に、ぎこちなく世話をやく母親。
男の子は皆、こんな感じなのだろうかと遠目に観察する。
その夜、メグとリックは屋根裏部屋に押し込められた。
いつもは、ハーブの保管部屋として使っている部屋。
天井の梁から吊り下げられら多種のハーブたちが香る。
小窓を開けて見れば、眼下に村の家々の明かりが小さなランプの様に灯っている。
今日はハーブの香りが一層強い気がする。
メグの体験話しに二人の夜が更けていく……。
泉のようにあふれ出るメグの言葉をリックは何度も何度も大きくうなずいた。
身振り手振りで楽しそうに語るメグの姿が、リックにとって魔法にかかった様に輝いて見えたのかも知れない。
◇◆◇◆旅の終りに
「義母さま。色々とありがとうございましたっ」
「シャーロットありがとう。お世話になりました」
「今度、王都に遊びに来て」とは言えない。
メグも薄々とは感じとっていた。
何故、義母さまが
何故、年端もいかぬ小さなシャーロットが血縁もいないこの村に一人でいるのか。
二人がこの村を出ていけない理由を。
「また来ます」
とだけ。
「メグ。これを」
義母さまが胸元にさげた首飾りを外す。
メグを引き寄せると、その首飾りをそっと首にかけてくれた。
深い青色の魔石が装飾された首飾り。
私の魔法属性に反応して、少しだけ光ってくれた石。
「でもこれは、義母さまにとって大切な品だと」
「あなたが持っていたほうがいいの」
「あなたに、とても良く似合う」
と頭を撫でてくれた。
「メグゥ……」
口をへの字に曲げたシャーロットを抱きしめた。
潤んだ大きな瞳が、息を詰まらせる。
「シャーロット、今度来るときは、たくさんのお土産をもって来るね」
「あなたに出会えてよかった」
小さな背を抱き寄せた。
「そろそろ行こうか?」
「母さま。また来ます」
母と息子。二人は肩を抱き合った。
義母さまの手が伸び、リックの頭を撫でた。
リックは照れくさそうに苦笑いをした。
「また、リンゴのジャムを送るからね」
「おばさんの言う事を、ちゃんと聞いて……」
と、大きな子供を目の前にした義母さまは言葉を止めた。
リックは、母の言葉を呑み込む様に何も言わず大きくうなずいた。
◇◇◇
二人は馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと進みはじめた。
メグは荷台に座り手を振った。
シャーロットとメグは、お互い姿が見えなくなってもまだ手を振っていた。
「食事はしっかりとりなさい」
「体は鍛えなさい」
「毎日、魔法の詠唱しなさい」
「魔導士は体力が基本。体力が無いと良い魔法は打てません」
義母さまの口ぐせ。
華やかな魔法とは思えない世界。
一発打つのにこれ程の努力が必要とは。
魔法を使ったのは、あの事件の時の一回きり。
あの高揚感を生み出す力を……もう一度味わいたい。
今なら少し、わかる気がする。
魔法という不思議な力。
そして三人の運命は、これからどうなっていくのか……。
考えまい。
考えても仕方がない。
運命にまかせよう。
あの伝説の魔道師が選択した様に。
メグは温もりの残る深い青色をたたえた魔石の首飾りを握りしめた。
◇◆◇◆
朝。
寝台馬車の窓からメグが平原の風景を眺めている。
「どうしたの?」
リックの視線に気付く。
分厚い背表紙の本から顔を上げたリックが、肩を揺らし、思い出した様にクスリッと笑った。
「変な
肩まで伸びた栗色の髪を、左右二つに結ったソバカスの娘。
日に焼けた肌は、少し小麦色でどことなく
その
◇◇◇第一章 かけだし魔導士 おわり
―――――――――――――――――――――――――――
読者さまへ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
まだまだ駆け出し魔導士の奮戦は続きます。
これからも宜しくお願いします。
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