王都の魔術師
第13話 お転婆王女さま
「たっ、大変でございますっ!」
庭園に面した長い廊下に、大事を知らせる娘の声が響いた。
スカートの裾を指でつまみ上げたメイド娘がフリルを揺らし、慌てた様子で駆けてくる。向かいの廊下からももう一人、早足で駆けてくるメイド娘と目合わせすると、二人は大きな扉の前で大きく深呼吸をした。
淡いローズピンクの大輪の花が咲きならぶ美しく手入れされた庭園。水をたたえ白く吹き上げる噴水。整然と敷き詰められた石の歩道の先には、白壁造りの大きな屋敷が映える風景。
ここは王宮の西に建つ、王妃たちが住まう離宮。
そんな王宮の一画では、朝早くからメイド娘たちが何やら騒がし気に走り回っていた。
「ヴェントさまっ。大変でございますっ!」
「姫さまがっ、姫さまが何処にもいらっしゃいません!」
声高なメイド娘の声を耳にしたメイド長は、右肩をピクリッと上げた。
金のボタンをあしらった上品な黒い上下のスーツをに着こなしたその女性は、紅茶を淹れている手を止め、ティーサーバをテーブルに置いた。
メイド娘たちを束ねるメイド長のパルティシオン・ヴェントは振り返る。
「こ、これがっ姫さまのお部屋に残されていました」と娘が息を弾ませ羊皮紙を差し出す。
羊皮紙を受け取ったメイド長のは鼻にかかったフォックス眼鏡を中指で少しずらすと、その羊皮紙に書かれた文面を覗く。
姫さまの寝室のテーブルに一通の置手紙。
確かに筆跡は姫さまのものに間違いはないのだが、「王宮を出て行きます」と。
メイド長のヴェントは、眉を寄せた。
「―――またかっ、あの姫はっ」
握り込んだ羊皮紙を頭上に振り上げたところで思いとどまり、大きく深呼吸をすと、その振り上げた手をゆっくりと降ろした。
昨日は、国王陛下の誕生日セレモニーが盛大におこなわれた日であった。
これは毎年行われる王家恒例行事である。王城の広場にはセレモニー用の特設会場が設けられ、そこには大勢の街の人々が集まり、宮廷のバルコニーから姿を見せる王族たちによる御披露目のセレモニーが行われる。式典には遠方から貴族や賓客が王都に集り、王家の親族や縁戚、取り巻きの貴族たちによる祝いのパーティーが連日にわたり盛大に執り行われる。
この国の国王陛下は、孫ほど年が離れた末娘の姫を手元に置き溺愛している。
上の二人の姉姫は既に嫁いでいる為、兄君である三人の王子、そしてこの幼い姫君が次期王位継承者に名を連ねる。
まだ幼年の姫とはいえ、王位継承の資格を持つ姫君。御身に何かあれば、国家の大事である。
「昨晩の担当は? 姫さま御付きの担当メイドは誰なの?」
「セ、セピアでございます」
「そ、それがあぁ……」
「実は……姿が……」
「何ですって―――あの娘も居ないっ!?」
「くうっ。あの娘たちはっ」
ヴェントは額に手を当ると苦い顔で溜息をついた。
気を取り直すようにヴェントは首元の襟を直す。
いつもの凛としたメイド長の顔だ。
「もう姫さまは、この王宮には居ないでしょう」
「あなたたちは、いつもの様に通常の仕事を進めなさい」
「但し、この事は国王陛下には他言しないようにっ」
「―――いいですね!」
と並んだメイド娘たちを左から右にと流し見た。
そう言うと、メイド長のヴェントは鼻に掛かった眼鏡を外すと上着の内ポケットに押し込んだ。
「ここは私が出ます」
メイド長は言い放つ。
一人、口元を微かに上げながら……妙に高揚する声色で……。
◇◆◇◆ 姫さま逃亡
ときは少し戻って、国王陛下の誕生パーティーの夜―――。
いつものようにメイド娘の一人が、姫さまの寝室に様子覗いにやって来る。
ドアを開けて部屋に入って来たメイド娘のセピアが驚きの声をあげた。
「姫さまっ! 何をなさっているのですか?」
ごそごそとメイド服に着替えていた幼姫が、慌てた様子で隠れる様にベットの中に潜り込んだ。
「…………」
今頃は王宮で祝いのパーティー中。
幼姫にとっては、なんとも退屈な時間帯だ。
国王陛下に申し出て会場を退出した。
幼姫にとっては既に就寝の頃である。
「…………」
シーツの端から顔をのぞかせた幼姫が、ぼそりと言う。
「セピアぁ……」
「お父さまが、お父さまがね……」
と目を潤ませると鼻をグスリッとさせる。
メイド娘のセピアも眉を下げ表情を曇らせる。
幼姫のもぐり込んだベットに近づき、静かに自分もベッドの端に腰掛けると、幼姫の口元に顔を近づけ、片耳を寄せた。
「セピア……」
「聞いて……それでね……」
小さな鈴のような声で何やらメイド娘に耳打ちする。
「―――わかりましたっ!」
「私が姫さまの御供しますので、一緒に王宮を抜け出しましょう」
「ほんとっ!」
ぱっと開いた向日葵の花の様な笑顔で瞳を輝かせる。
「私はっ―――姫さまの忠実なメイド」
「姫さまを御護りして、最果ての地までも御供いたします」
「麗しき姫さまの為なら―――この身が朽ち果てようとも」
と右手を胸の前に添えると騎士のような素振りでニコリと笑う。
その所作、その芝居がかった軽い口調に、幼姫の口から笑いが込み上げる。
「セピア、私は本気なのよ」
と幼姫は頬をふくらます。
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