第7話 魔導士はじめます

 山の峰から朝日が顔を出し始めた頃、義母さまは庭先で育てているハーブに日課の手入れを初めていた。


(―――魔導士の朝は早い……そうだ)


 今でも信じがたい夢の様な騒動から、一夜が明けた。


 こんな平穏でのどかな光景を窓越しから見ていたメグは目を細めた。

 

 王都では魔法を使う者を魔術士と呼ぶ。

 アルティア王国は昔から剣士の国と呼ばれ、剣術が盛んな国だ。

 街の中では剣を常時所持する人も多く、剣の話しを良く耳にする。

 魔法を使う人はそれほど多くないらしく、メグ自身、大きなイベントの催し物で何度か魔法を目にした程度であり、女の子にとってそれほど興味を魅かれるものでもない。魔法と言えば占いや占星術といったものは女性の間では人気があるのだが……。

 

 でも、義母さまがが使った魔法は明らかに街で見かけるとは何かが違う。

 それが、義母さまの言うなのだそうだ。


 ◇◇◇


 傷の癒えたメグはシャーロットと約束していた、ピザを作る事にした。

 大狼の一件で、延期になってしまったピザ作り。

 シャーロットは結構、楽しみにしてくれていた様子だ。

 早速、昼食に間に合うように材料を集め、仕度に取り掛かる。


 小麦粉を捏ね、薄く伸ばした生地にオリーブオイルを塗り、細かく切ったトマトや野菜を敷きつめる。最後にチーズをたっぷりと散らし、焼き釜で焼く。

 せっかくなので干し肉とニンニクをきざんだ材料を使って違う種類のピザも作ることにした。

 王都では最近チーズが市場に出回り始めたばかりで、まだまだ貴重品。

 貴族の間で食べられる代物である。

 しかし、この村では原料となる搾乳が盛んで、加工技術が発達しているらしい。

 自家製のチーズを作ることができ、近所のおばさんが余ったと言っては大量のチーズを分けてくれた。

 商社に勤めるメグにとっては、気になる取り扱い商品である。


 めったにない嬉しい機会なので、たっぷりと贅沢にチーズを惜しみなくのせて焼いてみた。とろけたチーズの海に野菜たちが美味しそうに浮かぶ。



 焼き上がったピザを前に、シャーロットは鼻をヒクつかせた。

 大きな瞳を輝かせ、切り分けたピザを頬張る。

 さすがに義母さまのは、おしとやかにかじっている。


「あらっ! これ美味しいっ」

 義母さまが目を丸くする。


「OLを辞めて、ピザ屋さんになったら」

「きっと繁盛すると思うわよ」


 シャーロットも口をもぐもぐしながら、賛成の右手を上げてみせた。


 その言葉にが入った。


「義母さまっ!」

 メグが勢いよく立ち上がる。


「私っ!」

「まっ、魔法が使いたいんですっ!」


「えっ?」

 ピザを頬張り、チーズの尾を伸ばしていたシャーロットが驚きの声を上げた。


「私っ! 義母さまの様に魔法が使えるようになりたいんですっ!」


「ぐふっ」

 今度は義母さまのが咳込んだ。


 三人は、しばし無言となった。

 それぞれが、何か言いたげに暫く沈黙が続く。


 ◇◇◇


 場所を移して、三人のティータイム。


「魔法が使いたいと言ってもねえ……」

「そんなに簡単な事じゃあないんだよねえ」


 ハーブティーを片手に義母さまのが困った表情で首を傾げる。


 カップをテーブルに置くと真面目な顔で説明してくれる。


「魔法にはねえ……」

「その人に備わっている魔法のと言うかというものがあってね……」


「メグは、四大元素というのを聞いたことあるかい?」


「魔法は、その四つの元素を使って発動させるだよ」

「だから人それぞれ、使える魔法が違うんだ」


「私の家は元々、司祭しさいの家系だからね、小さい頃から遊び感覚で身に付いててね」


 義母さまの話しに瞳を輝かすシャーロット。


「ちなみに私は、地、水、風、火の四つの属性を持ってるよ」


 何故かシャーロットが自慢気に何度も大きくうなずく。


(四つの属性を持ってるって、すごいのかあ?)

(んん、小麦粉、卵、乳、調味料……みたいな感じかな)


「そうだっ!」

「レイ先生。を確かめるくらいなら、いいんじゃないの」

 シャーロットの一言。


 義母さまも嫁となる義娘の魔法適性を知りたくなったのか、何やらニヤつくと、奥の部屋から古めかしい箱を持ち出してきた。


 丹念な模様が彫り込まれた木箱を差し出した。


 木箱のふたを開けると、今まで見た事もない色彩の石がおさまっている。


(これ……どう見ても普通の石じゃない……よね)


 確かに、見た目はとても綺麗なのだが、赤、青、緑、透明、ほか色々な石が、一つの石のかたまりとして内部で混ざり合い、何とも言えない不思議な色彩の風合いを出している。


 思わず体を乗り出し、顔を近づけ様とした。


「待って、メグ」

「この石を覗き込んではいけない」

 義母さまのが慌てて手の平で魔石を遮る。


「この魔石の空間に魅了とりこまれてしまうからね」

 と何やら怖い一言を軽く言う。


「この魔石は面白いやつでね」

「緑色は大地の属性、水色は水の属性、透明色は風の属性、赤色は火の属性、その他に色々な属性の霊力が宿った希少な魔石の結晶石なんだよ」


「この魔石の結晶に手をかざしてごらん」


「君に魔法適性があれば、中の魔石が薄っすらでも輝くから」


 ◇


 メグは急に怖くなった。

 自分に「魔法属性が無かったら」と思うと、このふくらんだ気持ちはどうすればいいのかと。

 

 メグはのどを鳴らす。

 そして、恐る恐る目の前の不思議な魔石に手を伸ばし、手の平をかざした。

 

「ん……?」

 

 左手の平を魔石にゆっくりとかざした。

 

「んんん……?」


 もう一度、手の平をかざす。

 ゆっくりと動かす。

 離したり近づけたり……。


 シャーロットのわくわくした瞳、そして力強く握られた掌が力無くしぼんだ。

 

 三人の沈黙が続く。


「まあ……これが普通よ」

「いきなり光ったら驚くからね」

 と義母さまが痛いフォローをする。


「まあまあ」「気にせずに」

 となぐさめる様にメグの頭をなでた。


「あらっ」

 義母さまの胸元から光が漏れ輝いた。


「あらっ。あららっ?」

 

 義母さまが胸元の首飾りをつまみだす。

 首飾りの台座にはめ込まれた、青い石が微かに光を放った。


 義母さまとシャーロットがお互いの目を見合った。


 義母さまが高笑いする。

 腹を抱えながら愉快そうに笑う。


「これは魔法属性? ですか?」

 一人、取り残されたメグが口を開けた。


 ひとしきり笑った後に義母さまが、笑いの涙を拭いながら説明する。


「こういう娘がいるんだねえ」

「メグの魔法属性がわかったよ……」

「光魔法の属性だよ」

「んん。間違いない」


「光の魔法?」と目をパチパチとし、小首をかしげる。


「でもねえ……この魔法……属性は珍しいんだよ」

「今は、使う人がいなくなってしまった古い魔法だからね」


 と義母さまが、また笑いの涙を拭いながら、説明してくれた。


 

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