第17話 出会いは突然に


 王宮での盛大な誕生日セレモニーが終わった翌日。

 メグは街の市場へと買い出しに出かけていた。

 

 街には祭りの後の余韻がまだまだ残る。

 片付けきれない祝いの飾りつけ、散った花びらが通りの石畳の隅に吹き溜まり、花の道しるべを描いていた。

 もう昼も近いというのに通りの店には祝いにあやかって、まだジョッキを打ち鳴らす人々がちらほらと見受けられる。この人たちは今夜もお祝いにかこつけて酒を飲み明かすのだろうか。


 しばらくは、お祝いムードを残しつつ市場は平常の生活に戻りつつある。


「今日の夜は何を作ろうかな?」

 ぶらぶらと歩きながら店先を覗く。

 

 並ぶ店先には、まだ残る飾り付けられた色鮮やかな旗や花……。


「良いチーズが手に入ったし……赤や黄色や緑、街も色鮮やか」

 心の中で手を打つ。

「今日は、ピザをつくろうかなぁ」


 メグは、良く晴れた遠くの空を見上げた。


「……今頃……シャーロットは何をしてるのだろう……」

 一人つぶやく。


「やっぱり、あの石板に向かってお勉強中かな?」

「また、お義母さまは何処かへ遠出して、一人でお留守番かな?」


 と空を見上げていると、背中か二の腕や手の平、胸元が何やら……ほわりっとむずがゆい。「ふっ……」と一人、笑顔がこぼれた。


 ◆◇◆◇ 出会いは突然に


 ふと目の前の店先で一人の少女の姿が目に映った。

 フード付きのコートを羽織った小さな少女。

 肩口から覗く、ゆるく縦巻された髪を両端で結った金髪が揺れる。


「シャーロット?」

 メグは驚いて目を見開き、思わず右手を差し伸べかけた。


「はっ。違う違う」

「こんな所に……シャーロットが居るはずがない」


 シャーロットの事を想っていたら、目の前の同じ年頃の女の子が皆シャーロットの姿に見えてきたよ。


「でも?……良く似てる……」

「まさか!?……いやいや違う」

 と一人で押し問答を繰り返す。


「でも、ちょっとだけ……顔の確認を……」

 メグは膨らんだ気持ちを押さえられず店先に立つ少女に近づいた。


 ◇


 果物屋の軒先―――。


「お嬢さん、ちょっとこれはねぇ……」


 果実をしぼったジュースを少女に手渡した店主が、困った様子で声をあげた。


「すみませんっ。この娘の代金は私が払いますっ」

 メグは慌てて懐にしまってある巾着入れを取り出し、銅貨を店主に手渡す。


「す、すまないねえぁ……うちの様な小さな店じゃねえ」


 と頭を掻く店主とメグのやり取りをキョトンとした表情で見ている少女。


 メグは少女を促し、その果物屋を後にした。


 ◇◇◇


 公園の広場。

 果物屋で出会った少女は、噴水が見える石造りのベンチに座り、足をバタつかせながら先ほど買ったジュースに口を付けていた。


(どこかのお嬢様かしら?……)

(身に付けて衣服は街の人たちとそう変わらないのだけど……風韻気がね)


 時折、取引先の貴族様のお屋敷で見かけるお嬢様の風韻気に似ている。


(誕生日セレモニーの為に、遠方の町か訪れた何処ぞの貴族のお嬢さまかしら?)


「さっきは、ありがとう」


 目の前の少女がメグの顔を覗いていた。


 初対面のメグに対して、その愛らしい幼顔の少女は物怖じもせず話しかける。


「なぜぇ? で品物が買えないの?」

「街ではで、何でも買えるって聞いていたのだけれど……」


 と、小さな手からはみ出しそうな分厚い大きな金貨を手の平に広げて見せた。


(本物だぁっ。お嬢さまっ……)


 メグは慌てて金貨が乗った小さな手の平を隠す様に、少女の指を折って金貨を包み込んだ。


(こ、こんな大金……持ち歩いてはダメよぉ……)


 少女の目の高さに膝を折ると瞳を見る。

 少しドキドキッとした胸を押さえ、優しいお姉さんスマイルで対応する。


「お嬢さん……」

「一人で何をしてるの?……」


 少女はうつむいた。小さく鼻を鳴らす。


「お家の人も心配してるよ」


 うつむいたまま、小さな肩を上げ、また鼻を鳴らす。


「迷子 になったの?」


 少女は間をおいて、コクリッと小さくうなずいた。


(やはり、王都に住む女の子とは……ちょっと風韻気が違う)

(式典を見る為に訪れて、迷子になったのね)


(あーもうダメだっ。絶対にほっとけないよぅ)


 少女の細い両肩に手を添えると、自己最高のお姉さんスマイルを試みた。


「大丈夫。私と一緒に……お家まで送ってあげるから……ね……」


「ね……」


 少女の小さなお腹がキューッと可愛く鳴った―――。


「……」

「そ、その前に何か美味しいものでも食べましょうか?」


 突然。

 うつむいたまま耳を少し赤くした少女は、メグの首に両手を回し顔をうずめた。


(甘い香りぃ……)


「わ、私はメグっ……お嬢さんは?」


 少女は首に回した腕に少し力を入れると、恥ずかしそうに耳元で名を名乗った。


「イ……エリーと呼んで……」


「メグ姉さまぁ……」


 体をとろかす様な甘美な天使の矢がメグの胸をつらぬいた。



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