かけ出し魔導士の育て方(Ver.嫁)

橘はつめ

第一章 かけ出し魔導士

第1話 魔法の一撃 ~プロローグ

 大地が微かにっていた。

 大気が重くゆれれていた。

 

 冷たく湿気を含んだ黒い雲が、頭上のひかりを遮っていく。


 小高い丘の上に立つ一人の村娘が、両手を空にかざした。


 ◇◇◇

 

 アルティア王国の南、大河が流れる下流には連なる山々を望む大平原が広がる。


 今まさに敵対する王国軍と連合国軍は、決戦の主力軍をこの地に集め、静かに開戦のときを待っていた。


 槍を握りしめる兵士たちは、前傾姿勢のまま息を殺した。

 騎士たちは、馬の手綱を握り直し、腰の剣に手をかけた。


 静寂の中、整列していた軍馬がいななきの悲鳴をあげた。

 前足を蹴り上げ、体をもたげると、から逃げる様に互いの巨体をぶつける。

 

 兵士たちは異変に気づき空を見上げた。


 空を覆っていた黒い雲が生き物の様にゆっくりと渦を巻き、しだいに大きくなっていく。

  

「…………」


 大気を揺らす重低音が大平原に響き渡った―――。


 突如。

 上空の黒雲が光り、金色の稲妻いなづまが縦横に走り空間を切り裂いた。


 その稲妻いなづまは、巨大な龍のごとく光る肢体を蛇行させ、連なる山の峰に潜っていく。 


 空に浮かぶ巨大な龍の巣から、続けて二体の龍が生まれ出た。


 激しく肢体をうねらせた、いかれる龍が天空を蛇行する。

 そして、大きな口を開けると地上に激突した。


 兵士たちの誰もが、その光景に声を失う。

 目の前に見えていた山の一つが、ガラス細工の様に砕け散ったのだ。


 衝撃の爆音が響き渡る―――。

 折れた木々や砕けた岩が砂粒となり、爆風と供に兵士たちに押し寄せた。


 山を砕いた衝撃が、摩擦のエネルギーを生み、大気中の物質を変化させ、無数の炎の火玉となり地上に降り注いだ。


 

 降り注ぐ爆炎の大地に一人の村娘の姿があった。


 その娘から発する怒りにも似た激しい気勢きせいが、彼女の長い髪を浮かせ、周りに渦巻く金色のベールが彼女の体を包みこみ上昇した。



 炎は周辺の森を焼き、紅蓮の炎となり、三日三晩燃え続け、一帯を焦土と化した。


 

 ◇◇◇


 早馬はやうまで自国にもたらされた戦地の情報は、国を治める王や貴族たちを大いに動揺させた。


 一人の村娘が放った大魔法の一撃。


 人々は、破壊的なこの大魔法の力に恐れおののいた。

 人々は、神にも似たその力をうやまい、崇拝しこうべを垂れた。

 

 

 結果、その大魔法の一撃は、長きに渡って争いを続けていた両国を『停戦』へと導く一撃となった。

 

 人々は口々にうわさした。

 紅蓮の炎の中に立つ一人の村娘、いや大魔導師はその後どうなったのかを、何処に消えたのかを。


 それは今もこの地に語り継がれる、30年前の伝説である。

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