第18話 銀の盾

 手をつないで路地を走る二人。


「ちょっと止まってえっ」「もっうダメっ」


 悲鳴の声に引く手を緩め足を止めた。

 肩で息をしながら、メグとエリーの二人は大きく深呼吸をする。


「こっ、ここに隠れましょう」

 気づけば、そこはメグの住むアパートビルの前。


 夢中で駆けて来たらいつの間にかここに……。


 後ろから追いかけて来る人気は無い。


 息を整えながらメグは、まだ息を弾ますエリーを部屋へと案内する。


 震わす手で部屋の鍵を開け、二人は部屋の中へと転がり込むと、床にドスンッとしゃがみこんだ。


「何だったの? あの人? いきなり……」

「…………」


「エリー。あなた、誰かに追われてるの?」


 小さく握った手をあごに当てると小首をかしげた。


「うーん。そうかな?」

 言葉を濁す。


「とにかくっ、暫くここに隠れていましょう」

 

「リックが帰って来たら、何とかしてくれるから……」

「それまで、ここに居ましょう」


 ◇◇◇

 

 メグがホットミルクを両手で差し出した。

 キョロキョロと珍しそうに部屋を見回す、エリー。

 落ち着いた二人は、肩を合わせる様にソファーに腰掛ける。 

 

「メグ姉さまは、魔術士なの?」


 エリーは上目つかいで、メグを見上げた。


 メグが慌てて否定の手を振る。

「違うよっ。私なんんてっ」


「でもパッて光って……」


(びっくりしたぁ。私も見た事もない光が……何だったの……あれは?)


 エリーの瞳が何か言いたげに、メグの見る。


「メグ姉さま。その腕のブレスレット……ちょっと見せて」


「これ?……」

「そういえば、確かに手をかざした時、このブレスレットが光ったような……」


(銀色の光が弾けるように……光った……)

(まるで……銀色に輝く盾で護られているような感じ……が」


(あの時は怖くて目をつぶってしまったけど……確かに魔法に似た何か……ブレスレットをはめた腕に不思議な感覚が……身を包み込む様に覆った)


「これは、ある御方に頂いた品なの」

「そう言えば、手渡された時に『お護り』って言ってた……」

 

 手首にはめた銀細工仕立てのブレスレットにさわる。


「へぇー」

「ちょっと見せて」


「キレイでしょ」

 白銀の地金が深い輝きを宿すブレスレット。

 薔薇を模した細工がされて、裏側には見た事の無い文字が複数に連なって刻印されている。

 それはもう完成された逸品の美術品を思わせる。


(あの方が身に付けていた品だから、逸品の品だとは見て明らかだけれど)

(義母さまのところで出会った、白騎士さまからの御礼の品)


 メグは手にはめたブレスレットを外してエリーに手渡した。

 

 エリーの顔がまるで義母さまの顔の様に表情豊かに変化する。

 まるで、宝物を手にした様に瞳を輝かせる。

 

 エリーが連なった刻印が気になったようで首を傾げた。


「ふうーん……」「はぁーん」

「私も今まで……8文字しか見た事がない……」

「それが16も……どれだけ……」

 と何か独り言をつぶやいている。


 メグにとっては見た事もない刻印の文字なのだが、この少女には多少の見識があるらしい。 


「ふっ」と呆れた様な、あきらめた様な仕草で少女は頭を押さえる。

「これはぁ……ねぇ」

 と言いかけて、言葉を呑み込む様に唇を閉じた。


 エリーはブレスレットを大切そうに撫でると両手で丁寧に返してきた。


 ◇◇◇


 突然、玄関の呼び鈴の音が鳴った。


 メグとエリーはビクリッと両肩を跳ね上げ、腰を浮かした。 


「まさか……」

 

 呼び鈴に続き、玄関の外から女性の呼ぶ声がする。


「お嬢さまぁ。セピアでござます」

「お迎えに参りました」


 メグとエリーは顔を見合わせる。

 ……二人は無言のまま目で会話する。


「うん、うん」と知り合いに出会った様な素振りで顔をほころばした。 


 ◇


 一応、警戒して玄関のドアを少しだけ開ける。


 目の前にコートを羽織った可愛らしい女の子が立っていた。


「こちらに、お嬢様がご厄介になっているそうで」

「お迎えに参りました」


 と両手をお腹の位置に添えた愛らしい娘が深く御辞儀をした。


「セピアぁ!」とエリーが玄関のドアを開けた。


 が、エリーがギョッと驚き後退りする。


 現れた娘の後ろには、背の高い黒マントの女性が立っていた。


「お嬢様……」とフォックス眼鏡を鼻に乗せた黒いコート姿の女性は顔の表情を変えず、重い風韻気を漂わす。


 誰でもすぐわかる、おしかりのムードにエリーと娘、メグもつられて顎を引き、背筋を真っ直ぐに伸ばす。

 

「お嬢様ぁぁぁ」娘は申し訳なさそうに首を下げる。

「お嬢様が大変ご迷惑をお掛けした様で誠に申し訳ありませんっ」

「色々と御世話にもなった様でっ」

 とフォックス眼鏡の女性が切れの良い口調で娘の言葉にかぶせてくる。


「改めて御礼に参りますので、今日のところは御暇させて頂きます」

「お父上様もされておりますので」


 とメグとエリーに言葉の弁明の余地は無い。


「さあ、参りましょう」エリーはフォックス眼鏡の女性に促される。


 エリーが振りかえる。 

「メグ姉さまっ……ありがとう……」

 そしてメグの腰に腕を小さな手を回す。

 

 メグも膝を折って、別れ挨拶を惜しもうと目を合わせた……。


「んっ?」

「メグ姉さまっ、またっ御会いしましょう」


「んっ?」

 てっきり別れを惜しんでいるかと思えば、エリーのその瞳は虹のような笑みを讃えていた。

  

 エリーは可愛くウインクすると二人に促され、部屋を出て行った。 

 

 ◇◇◇


 一人、部屋に残されたメグは深い溜息をつく。

 ソファーに体をゆだね、クッションに顔を埋める。

 ひっそりと静かになった部屋。

 何かが遠く、部屋の景色がセピア色に染まる。

 「あぁー」ふかふかのクッションに気力が吸い込まれていく。


 ◇


「メグ」「メグ」「こんな所で寝てると風邪をひくよ」

「えっ」とリックの声に目覚めた。

 

 リックが部屋の灯をともす。


「エリー」「エリーはっ!?」


「夢でも観てたのかい?」 

 目を擦りながら辺りを見回すと、既に日が暮れ外は薄暗い。


 リックが手篭をテーブルの上に置く。


「約束していた王宮の御菓子を頂いてきたよ」

 手篭の中に赤や緑の色、変わった形の珍しい御菓子が並べられていた。


 窓際の夕日に照らされたリックの顔があった。

 心に少し空いたちょっと寂しげな心持ちで、メグは前に居るリックを見つめた。 


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かけ出し魔導士の育て方(Ver.嫁) 橘はじめ @kakunshi

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