第3話 留守番の少女(前編)

 メグは街の停車場に一人立っていた。

 商社の荷を積んだ列車から降りた彼女は、ここからリックの母親が住む村へと別の馬車で向かう。


 背の曲がった老人が、メグに声をかけて来た。


「お嬢さん。あんたかい? 連絡したのは?」

「あの村に行きたいと言う客人は?」

 

 商社の口利きで、村に向かう便を紹介してもらった。


 早速、馬車の荷台に大きな旅行カバンを乗せ、自分も荷台の空いた場所に座った。

 村までは半日ほどの道のり。


 荷馬車はコトコトとゆっくり進む。

 空を見上げれば澄んだ青い空が広がり、手に届きそうな真っ白な雲が形を変え流れて行く。

 ポカポカ陽気と荷馬車のほど良く揺れる調子に、意識が遠のいていく……。


 ◇


 ガタンッと馬車の揺れに目を覚ました。


「すまねぇ。お嬢さん目を覚ましちまったかい」

「もう少ししたら村に着くよ」


 目が覚めたばかりの曖昧な意識のなか、辺りを見回した。


 遠くに連なる山々。一番高い山の上には見た事の無いが積もっている。

 低い山の頂上には巨大な白い風車が三機。ゆっくりゆっくりと羽を回していた。

 王都では見かけることのない、珍しい風景だと目を細めた。


 ◇◆◇◆留守番の少女


 村から少し離れた低い丘の上に、リックの母親が住む家がある。

 送ってもらった老人に御礼を言い、教えてもらった家へと向かった。


 玄関に続く石畳の前で、メグは足を止めた。


 その小さな家は、古いおとぎ話しに出てくる様な不思議で、どこか懐かしいたたずまいであった。

 滑り落ちそうなほど急な斜面のとんがり屋根。突き出た煙突。家の周りに生えた薔薇の生垣から伸びたつたが家の壁を伝い登る。

 そして庭には小さな花畑が見えた。


(はあぁぁ。緊張する……)

(あの時。夫のリックには、その場の風韻気でついつい「大丈夫!」などと言ってしまったけど、どうして私一人で、こんな所にいるの……)


 メグは一人つぶやきながら、小さな後悔こうかいと目先の未来を想像して、大きく深呼吸をした。


 ◇


「コンッ、コンッ」「コンッ、コンッ」

 玄関のドアに備えつけられた小槌こづちで呼子板を叩く。

 呼子板から響く高い音が辺りに流れた。


「コンッ、コンッ」

 反応は無い。


「こんにちはー」

 メグは仕事先で初めて訪問するお客様に合う様な面持ちで、一声かける。


「あれ……」

 中の様子を探る様に耳をそばだてる。


「こんにち……」

 ドアが少し開き、隙間からメグの腰丈ほどの少女がのぞいた。

 大きな瞳が、メグの腰元から顔を見上げる様にその視線が動いた。


(子供?)


「あのう……レイチェル・クラークさんは、おいででしょうか?」


「…………」


 バタリッと少し空いたドアの隙間が、容赦無く閉じられた。


「あ、あのう……私はぁ」

「今っレイ先生はいません」

 ドアの向こうの少女の声が、呼びかけの声をさえぎった。


「いつ戻って来るかもわかりません」

「知らない人が来ても絶対に家に入れるなと」


「えっ、いやっ、私は知らない人では……」

「王都からクラークさんを訪ねて来ました」


 メグはひたいを押さえた。


(困ったあ)


(状況はわかるよ)

(子供が一人お守番……知らない人は絶対に家に入れない……当然だ)


(ここまで送ってもらった荷馬車の老人とは別れた。こんな所でどうしよう)


 メグは大きな溜息をついた。

 玄関先の石畳に腰を降ろし、一人頬杖をついた。


 色鮮やかな花たちが、人の気も知らず、のどかに風に揺られていた。


 ◇


 また、玄関のドアが少し空いた。


「あなた……レイ先生のお嫁さん?」

「……」


 メグは、少女にすがる様に大きくうなずいた。


「そう言えば、レイ先生が出かける前に言ってた」


「うん、うん」と言う様に、少し空いた隙間から覗く少女を怖がらせない様に、少女の背丈、目線に自分の顔を近づけた。


「あなた、お名前は?」

 少女がたずねてきた。


たずねるのが逆では?)

 と、思いながらメグは精一杯のを作り、少女に自分の名を告げた。



 ◇◇◇


 少女との問答の末、やっとの事で家の中へと案内してくれた。

 内心、しっかりした子だと感心しつつ、前を案内する少女の背をまじまじと眺めた。


 少女の来客をもてなす所作は、かなり手慣れたもの。


と呼んでいた。この少女はいったい何者かしら?)


 大きな瞳とフリルの装飾をふんだんに使った服装は、お人形の様に可愛くまぶしい。

 少し大人びた言い回しは、今までこの少女が大人たちに混ざって生活していた経験の積み重ねだろう。

 

 「飲み物を用意するね」と言って、少女は奥の台所へ消えて行った。


 メグは案内された部屋を見渡す。


 飾った装飾品の見当たらない質素な部屋である。

 石造りの大きな暖炉が備え付けられ、モノトーンをベースにしたシックで落ち着いた風韻気。ここの住人の好みがうかがえる。

 壁際の棚には見た事が無い字で書かれた、ぶ厚い背表紙の本が並べられている。

 テーブルにな小さな石板が置かれている。これは先ほどの少女が学習用に使う石板であろうか?


 先ほど台所に姿を消した少女が、体に似合わない大きな盆に乗せた飲み物を運んで来た。


 メグは、少女の顔や衣服に薄っすらと付いた、白い粉に気付いた。


「お料理中?」


 少女はうなずく。


を作ってるの」

「いつもは、レイ先生が作るのだけれど」

「いつ帰って来るか分からないので、私が代わりに……」


 そう言えば、明後日は収穫祭の日である。

 国をあげて穀物の豊かな収穫を感謝し、神に祈りを捧げる日である。

 古い風習で、家庭では沢山のと言われるビスケット菓子を作り、何日かに分けて食べる習わしがある。

 王都では薄れつつある習慣ではあるが……


 メグの勤める商社でも穀物を広く取り扱っていて、収穫祭の後は取引が繁忙期をむかえ、各部署が慌ただしくなる。

 そんな事情もあって、メグ夫婦は収穫前の比較的ひまな時期にこの長旅を計画したのであった。


「私も、お手伝いしましょうか?」

 メグが提案する。


 一瞬、大きな瞳が輝いた。

(しっかりした少女ではあるが、さすがに菓子作りは手に余るのかな……)


「私は、シャーロットっ」

「お姉さんっ、お願いするわっ!」


 とシャーロットと名乗った少女は、天使の笑みを浮かべた。



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