第9話 不足


 模擬戦を行った翌日の早朝。

 俺は銀子と共に日課である術式の訓練を行っていた。


 前日の強引な『操枷』の影響か、身体の節々が痛みを主張してくる。

 だが、そんな事が些細だと思えるような収穫が一つあった。


「なんか、いつもより呪力の巡りがいい……?」


 そう、これまでの呪力を巡らせていた管のようなものが、大きく広がった感覚があるのだ。

 そのお陰か、呪力の移動もスムーズでより膨大な呪力を流せる。

 これなら、今までよりも数段階上の『操枷』を使えそうだ。


 でも、どうして急に?

 そんな疑問に答えるように、狐姿の銀子が語る。


「ふむ。昨日、限界を超えた呪力を一気に流した影響じゃろう。呪力を巡らせる回路がそれで押し広げられたんじゃ」


 ……なるほど。

 って事は、これからも許容量を超えた呪力を定期的に流せばどんどん広がっていくってことか?


 それなら全陰陽師がこの特訓をしているはずだけど……原作ではそんな描写も説明もなかった気がする。

 どうして俺だけにこんな変化があるんだろうか。


 そう思い銀子に問うと、答えは直ぐに帰ってきた。


「そもそも、お主は呪力を持て余しておったしな。出力が追いついてなかったのじゃ。普通は逆なんじゃがな。出力を強引に広げる程の呪力を持ち合わせておらんのだ。しかし、これは好都合じゃな」


 そう言って、銀子が口角を釣り上げる。

 それはまるで、夢の中で俺を殺すときに浮かべる笑み。

 正直、嫌な予感しかしない。


「今日からは回路の拡張も行っていく。お主の身体がギリギリ耐えられるレベルまで持っていくつもりじゃから覚悟するといい」


 ……そんなことだろうと思ったよ。

 ウチの銀子さん、ちょっとスパルタすぎないだろうか?

 まぁ、此方としては強くなれるに越したことはないし、願ったり叶ったりではあるけれど。


「そうじゃ。もう一つやるべき事がある」


 思い出したように銀子は話を続けた。


「『譲雷』も習得してもらうからの。今のお主の呪力の出力ならば、問題なかろうて。それにお主、気が付いておるのだろう?」

「……」


 銀子に指摘され、俺は冬馬さんの戦闘スタイルを想起する。


「戦いの幅が狭い……だろ? 分かってるよ」


 冬馬さんにはあって、俺には無かったもの。

 それは中距離、遠距離による攻撃だ。

 今の俺は体術か刀で斬り伏せる事しかできない。


 結果、相手が中遠距離の攻撃手段を持っていた場合に、俺は一方的に不利な戦いを強いられることになる。

 昨日のような都合のいい勝利なんて、そうそうありはしないだろう。


「わかっておるなら良い。その分この特訓に身が入るじゃろうしな」

「どういうこと?」

「『譲雷』を習得すれば、紫電を空中に維持する事も出来る、という事じゃ。であれば、敵に放つ事も勿論できる」


 原作で天智が自身の周囲に大量の紫電の槍を浮かせていたのは、『譲雷』の術式の一部だったわけか。


「どうじゃ、やる気が出てきたじゃろう」

「あぁ、漲ってきた」

「まぁ、これまでとは比にならないレベルでキツいが、死ぬ気で励むといい」


 銀子の不穏な一言と共に、俺の早朝の特訓に新たなメニューが追加されたのだった。




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