第2話 目標と過程
寝ても起きても、一日が経っても二日が経っても、夢から覚める気配は一向になかった。
それどころか、夢だと言うにはあまりにも鮮烈な五感への訴えが、ここが現実であることに明確な輪郭を帯びさせる。
──そんな感覚を覚えるようになって、一週間が過ぎた頃だった。
(……認めよう。俺はアイツに、
いつまで経っても変わらない目の前の現状に、俺はこの事態を受け入れると同時に──この世界で天智として生きていく覚悟を決めるに至っていた。
何故そんな覚悟が必要なのか。
それはこれから俺が辿る未来──つまり、原作で天智が犯罪者となってしまった経緯に関係する。
今から数年後、天智を含めた比那名居家は百鬼夜行と呼ばれる妖魔の大侵攻によって壊滅する事になってしまう。
そこで天智は大好きだった両親を失い、後に判明する首謀者の存在を知った事で復讐鬼と化してしまうのだ。
そして原作が始まり少したって、天智は首謀者の一人を殺し指名手配されてしまう。
これが闇堕ちまでの一連のシナリオだ。
と、ここで問題になってくるのが妖魔の侵攻である。
シナリオでは天智が死ぬ事は無かったがここは現実。行き着く未来が同じだとは限らないし、最悪死ぬ事も有り得るだろう。
せっかく推しの一人に転生したのだ、そんなのは御免である。
だからこそ、いつまでも現実逃避なんてしてられない。
(やるべき事は一つ)
百鬼夜行までに強くならなければいけない。最低でも自分自身で妖魔と戦えるようになるくらいには。
でもどうやって強くなる?
簡単だ、死に物狂いで努力すればいい。それも、闇雲にではなく長所を伸ばすように。
天智の長所、それは圧倒的な呪力量とその出力にある。呪力とは陰陽術を行使する際の媒介であり、出力とはその呪力を一度にどれだけ込められるかというものだ。
原作で語られていた中で、天智はその二点に
(……思い出すだけで痺れてくる)
主人公一行を相手取り、涼しげに圧倒する絶対的力の差。並大抵の妖魔であれば刀を薙ぎ払うだけで殲滅してしまうあの絶技。
俺はその姿に心奪われ、生き様に惚れこんだんだ。
(やってやる。推しに情けない姿は晒させない)
それに、死ななければもう一人の推しであるあの子と、一緒に生きて行くことも出来るかもしれないのだ。やる気も滾ってくるというのだろう。
(そんじゃまぁ、始めるか)
と言うことで、まずは呪力量の底上げからしていこうと思う。
この一週間で呪力の存在は掴んでいる。前世には無かった暖かな何かが、お腹の辺りでずっと渦巻いているのだ。きっとこれが呪力のはず。
そしてその呪力は、使えば使う程に増えていくと原作では説明されていたはずだ。
呪力の増加=ゲームで言うレベルアップみたいなものだろう。
あとは個人の才能によって上昇の幅にも限界にも大きな差があるとも書かれてたな。
(……うーん、ただなぁ。どうやって呪力を使えばいいんだ?)
存在はわかっても使えなければ意味がない。使わなければ呪力を消費する事も出来ないのだから、成長の余地もないのだ。
ただ、どれだけ身体に力を込めても念じてみも、呪力が出ていく気配は無い。
まるで体内を巡る呪力に対する出口が無い、そんな感覚なのだ。
(……いや、まてよ。そういえば)
そこで俺は一つの儀式について思い出した。
確か呪力を放出するには、体内にある
だけど、その精孔を開くのは自力ではほぼ不可能で、儀式によって開く必要があるんだっけか。
つまり、術を使っての特訓は現状では不可能という事だ。
(さて、どうするか)
術の発動、正しくは術式を使えないとなると計画が破綻してしまう。
うーん、不可能だって言われてたけど、どうにか精孔を開けられないか試してみるか?
でも一体どうやれば……呪力を強引に動かせばこじ開けれたり……。
いやそれはダメだ。術式を無理やり発動して廃人になったキャラクターだって居たんだ、同じ事になりかねない。
(……いや、待てよ。呪力を動かす?)
そこで俺は術式ではないが、一つの技術が脳裏に過った。
(……あるじゃん。放出しなくても呪力を消費する方法)
それは陰陽師における基礎の基礎である。
(呪力による身体能力の向上だ)
確か呪力を全身に巡らせる、だったよな。
呪力を動かせないか意識する。渦から漏れ出た水が管を通って全身に巡っていく、そんなイメージを持って。
瞬間、身体の内が暖かくなると同時に、全身に力が湧いてきた。
(おぉ、出来てるっぽい)
たけど、呪力の巡りに疎らな感覚がある。きっと練度を上げることでこの
呪力も狙い通り消費していってる感覚もあるし、暫くはこれを研鑽して過ごしていくか。
(よし、となれば色々と試していこう。時間は有り余る程にあるんだ)
如何せん今の俺は赤ん坊。やれることと言えば食事に睡眠、あとはぼーっと窓から見える景色を眺めるだけ。時間なら幾らでもある。
だからこそ、百鬼夜行に向けてやれる事はやっておきたい。
それに俺の術式の系統的にも、呪力量を上げておくに越したことはないはずだ。
原作通りなら俺の術式の系統は雷。数多ある系統の中でも特筆して行使難易度が高かったはずだ。
要因は二つ。
一つ目は求められる呪力操作の緻密さ。
二つ目は他の系統に比べて呪力消費量が多い事だ。
だが、その二つを難なく
(どちらにせよ、術式を使いこなせなかったら死ぬんだ。やるしかない)
そう心の内で覚悟を決めて、俺は呪力操作に集中する。
四肢の一部に偏らせてみたり、巡らせる呪力量を増減させたりと、試行錯誤を繰り返していった。
そして、それからある程度の時間が経った頃。
「天智はここに居るのか……?」
「えぇ、早くあなたの顔を見せてあげて」
「あ、あぁ。……しかし緊張するな、我が息子に会うだけというのに」
「ふふっ、あなたが緊張だなんて。珍しい事もあるのね」
部屋と廊下を隔てる襖の奥から、母の声と知らない男の声が聞こえた。
呪力操作に没頭していた俺は、人の近寄ってくる気配に声が聞こえるまで全く気が付かなかった。
……って言うか、息子って言ったか?
てことは、これは父親の声か。この世界に生まれ直して一週間経つけど初めて聞くな。今まで何処に行ってたんだろうか。
そんな事を考えていると襖が開かれる。
現れたのは漆黒のコートを羽織る体躯の大きな男だった。
服越しでも分かる隆起した筋肉と傷だらけの顔。パッと見は裏世界の住人って印象だ。
でもやっぱり、その顔には母の時と同じ既視感があった。
「……可愛いな」
「私とあなたの子だもの、当然よ」
「ははっ、そうだな」
近寄って俺の顔を覗き込むと、二人は肩を寄せあって笑みを向けあう。
その様子を見て、俺は天智が両親の事を愛していた理由が、それ故に悲しき復讐鬼となってしまった理由が、それがわかった気がした。
(……愛されてたんだろうな、天智は)
強くなりたい。二人の姿を見た俺の中で、その覚悟がより強固になった、そんな気がした。
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