国を敵に回す陰の実力者系悪役に転生した俺、破滅フラグを回避する為に赤ちゃんの頃から努力してたら規格外の魔力で最強に

きのこすーぷ

第1話 生まれ変わり


 崩壊した建物の乱立する都市まちの跡で、今まさに一つの因縁に終止符が打たれようとしていた。


『……結局、最後までお前には一度も勝てなかった』


 今にも泣き出しそうな暗雲の下、瓦礫に埋め尽くされた地面に倒れている少年が言った。

 語りかけられたのは、白銀の髪を腰まで流す一人の少女だった。その手には一振の刀が握られ、きっさきは少年の喉元へと向けられている。


『……違う。直前に手を抜いたの、わかってる……』

『……そんな事ねえよ』

『ある』

『ねえって』


 そう言って数秒の僅かな沈黙が流れた後、ややあって少年が口を開いた。


『んじゃまぁ、一思いに殺ってくれ。言っておくけど、痛いのは嫌だからな?』


 コクリ。少女は頷いて刀を振り上げる。

 その姿を見た少年は、年相応の笑みを浮かべて言葉を投げ掛けた。


『ありがとな』


 瞬間、少女の身体が微かに震えた。そして、


『……ばか』


 ぽとり、と。翡翠色の瞳から涙が溢れ出たと同時。


『──さよなら、愛しの人』


 少女が刃を振り下ろした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「こんなの実質バッドエンドじゃんかよ……」


 カーテンの締め切られた真っ暗な一室で、モニターだけが光を放っている。

 そのモニターの前には、今しがた流れていた映像を見て、思わずと言った様子でコントローラーを机に置く男の姿があった。椅子の背に身体を預けて、男はため息を零す。


【陰陽幻想魔録Ⅲ】

 現代日本を舞台とし、陰陽師の才を持つキャラクター達が式神等を用いて妖魔との戦いを繰り広げる、シリーズ三作目の人気タイトルであり、男がプレイしていたゲームの名である。


 このゲームを語る上で絶対に忘れてはならないのは、登場人物全員が主人公──そうプレイヤーに言わせてしまう程に魅力的なキャラクター達の存在。そして、その根幹を支えているサイドストーリーの質だろう。

 登場人物一人に対して無数のサイドストーリーが用意され、生い立ちや信念、どのような覚悟を胸に戦いに身を投じているのかが描かれるのだ。

 それ故に、知らず知らずの内に推しという存在ができてしまうというのも、このゲームの醍醐味であった。


 男もそんなプレイヤーの一人だ。

 

「片方じゃダメなんだよ……二人が生き延びて笑い合う物語が見たかったんだ……」


 男の推し、それはモニターに映し出されていた少年と少女であった。

 少年と少女の関係性、それは幼い頃を共に過した友人である。だが、ある事が理由で離れ離れになってしまうのだが、その際に再開の約束を交わし合った、といったものだ。

 しかしその約束は、画面に映し出されているように、互いが望まない形で叶えられてしまった。

 少年は犯罪者として、少女はそんな少年を審判する断罪者として。

【Ⅰ】【Ⅱ】と、この二人のサイドストーリーを追っていた男にとっては、これ以上ない最悪の結末だった。


「……はぁ、もうストーリーを進める気も起きないな」


 そう言って、再び深いため息を零す。

 モニター右下に配置されている時計は、既に日を跨いでいた。


「……寝るか」


 酷い脱力感に苛まれつつも男は立ち上がり、寝台へと向かうとそのまま倒れ込む。

 そして、襲ってくる眠気の中で、うわ言のように呟いた。


「──せめて」


 ──せめて夢の中だけでも、二人の再会が望む形になりますように、と。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 目を覚ました時、男が最初に感じたのは眩しさだった。

 視界一杯を埋め尽くす光を鬱陶しいく思いながら、男は目を細める。

 次第に目が慣れると、そこには見覚えの無い天井があった。


(何処だ……ここ?)


 反射的に身体を起こして辺りを確認しようとする。そして──


(……は?)


 男は、あまりの衝撃に驚愕した。


(なんだ、コレ。どうなってるんだ)


 全身に思うように力が入らない。起き上がる事は疎か寝返りを打つことすら出来ず、やれる事と言えば四肢をジタバタとさせる程度。

 その際に視界に映った自身の腕が蓮根れんこんのようになっているのを視認して、男は戸惑いの声を心の内で響かせる。


(……訳が分からない)


 あまりにも突拍子のない現状に思考を放棄しかけそうになる。それでもなんとか状況を把握しようと、男は唯一自由に動かせる視界のみで辺りを見渡した。


 古き良き和風の屋敷を思わせる木造の内装と、掛け軸や壺といった装飾品。一昔前の高級感の溢れるこの一室は、少なくとも、男の知る自分の部屋ではなかった。


(それに……病院でもない、か)


 自分の身体の状態を省みて、寝ている最中に病の発症を疑ったが、その線は薄そうだ。

 となると、いよいよ本当に訳が分からない。


 男はそんな事を思いながら、先程よりも念入りに辺りを見渡す。

 それと同時だった。部屋の扉が開かれ、若い女性と目が合った。

 面識はなかったはずだ。だけれど、どこかで見たような……。

 そんな事を考えていると、


「あら、起きてたのね。ふふ、ちょうど良かった。ご飯の時間よ」


 そう言って、女性が近づいてくる。

 そして男を抱き上げて──


(……マジか)


 そこで頭を支えてもらい全身が見えるようになって、ようやく現状が把握出来た。

 成人していた自分自身を軽々と持ち上げた事に対して驚きがあったのは勿論だが──それとは別の事に動揺を隠せない。


 幼児用の服に身を包む自身の肢体。

 四肢の違和感と寝返りすら打てない非力な身体。


(俺、赤ん坊になってるのか?)


 あまりにも非現実的すぎる。

 目が覚めたら赤ん坊になってたなんて話、誰が信じられるだろうか。

 動揺する中、女性は愛おしそうに笑いかけてくる。


「沢山食べて寝て、妖魔に負けないくらい立派に育ってね、天智てんじ


(──は? 今なんて)


 女性の言葉を聞いて、男は一つのゲームを思い出す。

 妖魔・天智。そのキーワードはいずれも【陰陽幻想魔録】のものだ。

 そして先程の女性に対する既視感。


(そうだ。この人は推しの── 比那名居ひなない 天智の母親だ)


 そこで男は、一つの結論を導き出す。


(あぁ、これは夢だ)


 あの結末に納得いかないから、それなら自分自身が天智となりあの子と生き残る未来を作れ、という事なのだろう。

 それに夢だったのなら、この非現実的な状況にも説明がつく。


(ははっ、目が覚めたらどうせ終わるんだ。だったら夢の中でくらい理想を現実にしてやる)




 ────そう思ってから1週間。

 男が夢から醒めることは無かった。

 

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