第6話 代償
「今日はこれくらいにしておこうかの」
「……………………」
あれから数時間後。
俺は屍のごとく地面に倒れ伏していた。
銀子の指導の元、ひたすら呪力を練ったり放出したりを繰り返していたのだが……。
正直言って、あまりのキツさに泣きそうになった。
何度意識が飛びかけたことか。
でも、その度に銀子に喝を入れられて無理矢理覚醒させられるのだ。
結果、気を失うことも出来ずに地獄のような時間を過ごす羽目になった。
「おい、いつまで寝ておるか!」
「うっ……」
ペシペシペシペシと頬を叩かれる。
「まったく、軟弱なヤツめ」
「そんなこと言ったって……俺まだ三歳なんだけど」
嘘は言ってない。
中身は大人、だけど身体はれっきとした三歳児である。
「ふん、まぁ今日はこのくらいにしてやろう。だが良いのか? もうすぐ其方の母が起きてくる時間であろう」
「……確かに。まずいかも」
……そうだ。儀式で気を失った俺を心配して『暫くは絶対安静、わかった?』と母に言われていたんだった。
このままでは間違いなく怒られる。
折角バレないように早起きしたのに、その意味も無くなってしまうじゃないか。
とりあえず急いで部屋に戻ろうと身体起こす。
すると思い出したかのように押し寄てくる全身の痛みに、俺は悶絶した。
眦に涙が浮かんでくる。
「いっつッ〜〜〜!?」
「大袈裟じゃのう。まぁ、やり過ぎた気はしないでもないがの」
銀子によると、この痛みは『紫電』の行使によって、無意識に身体中に施されている【枷】を強制的に解放した事によるものらしい。
──『紫電』
銀子が雲をぶった斬った後、俺はこの術式についての詳細を聞かされた。
この術式で出来ることは二つ。
一つ目は──紫電を己の身に纏わせること。
二つ目は──紫電を体外に放出することだ。
前者で適応される能力は【枷】の解放。
名を『操枷』という。
文字通り【枷】を自在に操作する能力だ。
【枷】とは身体中に掛けられた無意識の制限。
これを解放した時、人は本来の力を発揮するのだという。
だが、本来ならば身体がその負担に耐えきれない為に【枷】を施しているのだ。
それを強制的に取っ払うということは──このように暴れ回るような激痛に襲われるということ。
その為『操枷』は、自身の能力によって解放するパーセントを調整するらしい。
今回は銀子が派手にやり過ぎた結果、このザマである。
そして、後者は物質への『紫電』の付与。
名を『譲雷』という。
先程、銀子がやってのけたように、刀等の物質に紫電を付与し放出する技のようだ。
その際にどれだけの呪力を込められるか。これが『譲雷』の性能を大きく左右するとの事。
呪力量と出力に比類なき才能を持つ天智には、これ以上ない最高の術式と言えるだろう。
「まぁ、其方が何を言われようと儂には関係ないか」
そう言って、銀子は縁側へぴょいっと飛び乗ると部屋の方へと向かっていった。
「ま、待ってくれって!」
俺は立ち上がって、身を引き摺るようにその後を追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「次は剣術、及び体術の修行じゃ」
その日の夜、いつの間にか俺は真っ白な空間に立っていた。
目の前には銀子が人型の姿で大太刀を握っている。
「えっと、ここどこ?」
「意識の狭間、簡単に言えば夢の世界じゃな」
「なるほどね……」
どうりでさっきから身体が軽いわけだ。
夢の中なら痛みを感じることもないし。
「ほれ、早速始めるぞ」
銀子が持つものと同じ大太刀を俺に手渡してくる。
「さぁ、構えぬか」
「う、うん」
刀の握り方も分からない俺は、とりあえず見様見真似で銀子の構えを模倣する。
それを見た銀子が、ふっと笑った。
「人はどんな時、殻を破り成長すると思う?」
刹那、銀子の姿が掻き消える。
直後、背後から殺気を感じて、
「答えは、死を身近に感じた時じゃ」
首が、飛ぶ。
視界に頭部のない俺の全身が映りこんだと同時。
意識すらも分断されて──、
「──かっはぁっ!?」
飛び起きるように目を覚ました。
白に支配された空間の中で、嗜虐心の垣間見える声色のまま銀子が嗤う。
「ほれ、死ぬ気でやらんと──また死ぬぞ?」
再び、眼前で銀色の閃光が瞬いた。
それからも俺の地獄の日々は続いた。
朝起きては瞑想を行い、呪力練成を行う。
そして夜は銀子の指導の元、ひたすら剣を振るい、組手を行った。
笑いながら俺を殺しにくる銀子の姿は、すっかり永遠のトラウマである。
──と、そんな生活を続けていくうちに、いつの間にか俺は四歳になっていた。
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