第5話 呪力操作

「お主、いつまで寝ておるつもりじゃ」


 頬に触れるぷにぷにとした感触と幼げな声が聞こえて、俺は目を覚ました。


 視界に飛び込んで来たのは見慣れた天井。

 身体を起こして辺りを見渡せば、ここが自分の部屋だということはすぐに分かった。


(あれ、どうして俺は自室にいるんだ? さっきまで九条家にいた気がするんだけど……)


 そう思い逡巡して、ハッとした。

 そうだ、廻呪の義の最中にすっごい眠気に襲われて気を失ったんだっけ。

 大量の呪力を急激に消費した反動にやられたわけだ。


(ていうか、人の気配がしたのに誰も居ないな。気の所為か?)


 再度辺りを見渡すも人影は無い。

 夢だったのだろうか? 頭もまだぼーっとするし。

 そう結論付けようとした時だった。


「お主、儂を無視とはいい度胸じゃの。成敗してくれる!」


 怒気と呆れを孕んだ声と共に、頬に衝撃が走った。


「いったぁ!?」

「ふんっ、いつまでも気付かぬからだ」


 突然の事に驚いて、思わず声も大きくなってしまう。

 スタッという足音の方へと視線を落とせば、そこには白銀の毛並みをした小さな狐の姿があった。

 金色の瞳と視線が交わる。


「……あ」

「助けてやったというのに、恩知らずなヤツめ」


 ぷいっと顔を逸らすその小狐の正体を、俺は知っていた。

 ゲームで天智と対峙する際に肩からこちらの様子を伺い、絶妙なタイミングで技を放ってくるサポーター。

 そして、最後の決戦では天智と共に人型となって攻撃を仕掛けてくる最強のアタッカーとなる。


 名は『銀子』。

 九条家で妖魔を瞬殺した、あの狐の童女だった。


「……本物だぁ」

「……? 何を言っておるのだ?」


 感激に震える俺を見て、銀子は首を傾げる。


「……まぁ、よい。それよりもじゃ。儂は今、其方の式神となっておるわけじゃが──」


 そうだ、あの時確かに言っていた。

 俺の式神となったのだと。

 そして──問われたんだ。


「お主の願いはなんじゃ」

「俺の願い……」


 そんなのは、この世界に生まれ落ちて、覚悟を固めたあの時から決まっている。

 推しと──あの子と共に過したい。

 天智が、いや俺が死ぬこともなく、笑い合う未来を掴み取りたい。

 孤独を嫌うあの子の傍に居てあげたいんだ。


 その為に俺は、


「強くなりたい。降かかる火の粉を全て振り払えるくらい、強く」

「ふっ、良い願いじゃ。その願い、儂が叶えよう」


 銀子はそう言ってぴょんっと跳ねると、俺の頭に乗ってきた。


「早速、と言いたい所ではあるが……」


 銀子は「うーむ」と悩むと、額をペシペシ叩いてきた。


「ふむ、まずは休め。呪力がまだ完全に回復しておらんようじゃしな。そんな状態では身が持たん」

「わかったよ。あ、そうだ。銀子って呼んで良いんだよね?」


 何故そんな事を聞くのか。

 それは銀子は他人に名を呼ばれる事を快く思わないからだ。

 その詳細は【III】になっても……いやまぁ、天智が死ぬ頃までしかやってないけど、あの時点では明かされていなかった。

 しかし、【Ⅰ】【Ⅱ】とユーザーが公式へ質問した所、「そのうち分かります」との返答があったらしい。


(まぁ、あの頃と違って銀子は目の前に居るんだ。ゆっくり仲を深めて、話してくれる時を待つのもいいかもしない)


 頭部から伝わる銀子の熱を感じながら、俺はそんな風に思った。


「……好きにせい」


 そう言って、銀子は頭から降りると俺の横で丸くなる。


 うん、めちゃくちゃ可愛い。

 さすが敵キャラなのに公式がマスコットキャラにしていただけある。


 銀子のぬいぐるみ……欲しかったなぁ……。


 通販サイトでSOLD OUTの文字を見て涙した事を、ふと思い出した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そして翌日の早朝となる。



 朝日が差し込む中、俺は庭先に出て準備運動をしていた。

 腕を伸ばしたり屈伸したりして、身体を解しながら、昨日銀子に言われたことを思い出す。


 ──明日より修行を始める事にする。まずはその身に流れる呪力の放出の仕方を掴んでもらうからの。


 そう言われて、俺は今こうして準備をしているわけだ。


「……よし、そろそろいいか」


 軽く汗ばみ始めた頃合いを見計らって、ゆっくりと深呼吸する。

 銀子はそんな俺を見て肩に飛んできた。


「それでは始めるかの」

「うん、頼むよ」

「うむ。まずは昨日言っていた通り、呪力の放出からじゃ。最初は儂がコントロールする。腕を突き出して手を広げるのじゃ」


 言われるがままに動く。


「ではやるぞ」


 銀子が言った瞬間────ズン、と。

 身体中の隅から隅に至るまで、呪力が熱となって駆け巡った。

 血流が加速し、心臓が膨張と収縮を繰り返す。


 それはやがて腕先に収束し、ややあってから熱が飛び出していく感覚が手に広がっていく。


「これが呪力の放出……」

「どうじゃ、感覚は掴めそうかの?」

「どうだろう……ちょっとやってみる」

「うむ。挑戦あるのみじゃ」


 俺は先程と同じように腕を突き出す。

 そして、神経を研ぎ澄ますべく目を瞑った。


(呪力が全身を駆け巡って、やがて熱を持つ。その熱を腕先に集中させるんだ)


 ちょっとずつちょっとずつ、俺はお腹の内で渦巻く呪力の塊を操作する。

 徐々に加速させていくと、やがて呪力が熱を帯び始めた。


「……ほぅ。やりおる」


 銀子が呟きを落とす。

 瞬間、先程の数十分の一という僅かなものだが、呪力が放出された。


「まぁ、及第点というところかの」

「あ、ありがとう」


 俺は贈られた賞賛を素直に受け取る。


「次は、術式じゃ。これは儂が実演する」


 銀子が言った瞬間、身体の主導権を横からを奪われるような感覚に陥る。

 驚いて声を出そうとするが、それすら出来ない。

 なぜなら今、俺の身体は俺のモノではなくなっていたから。


「今から使うのは、お主に刻まれた術式じゃ」


 俺の声で銀子が語る。

 すると──バチバチィッと 俺の身体から紫電が迸り始めた。

 そしてその紫の雷は、茨のように全身に絡みつき激しさを増してゆく。


「名を『紫電』」


 一振の大太刀が虚空から現れた。

 柄を握りしめた銀子は、刀身に紫電を移し纏わせ居合の構えをした後──ザンッ! と振り抜いた。


 刹那、目も開けられない程にまばゆい紫色の閃光が視界を埋め尽くす。


「これがお主の術式じゃ。まぁ、使いこなせばこの程度、楽にこなせるようになるじゃろう」


 身体の主導権が戻る。

 俺は稲妻の残滓を伝って上空を見上げて──


「まじ、か」


 ──蒼天に浮かぶ雲が、真っ二つに割れた光景を視認したのだった。



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