閑話 その後
──これ程までとは思わなかった。
狐の童女から放たれる金色の視線に身を穿たれながら、恭志郎は胸の内で驚愕の念を抱く。
廻呪の義が執り行われ精孔が開いたことによって起こる呪力の拡散。
通常ならば幼子の呪力が外界に影響を与える事は少ないが──天智のそれは圧倒的呪力の密度によって屋敷全体が震え、大気が質量を増したかと錯覚する程であった。
日々異常なまでの成長速度で呪力が増えていっていたのは知っていたが、ここまでとは。
紛うことなき、歴史上ですら類を見ない絶対的天武の才。
天智は世界の特異点となる可能性を秘めているのではないだろうか。
有り得ないと一蹴出来ない数刻前の記憶が、恭志郎の脳裏にそんな憶測を過ぎらせる。
(あの妖魔だって決して弱くは無い。並大抵の陰陽師が一人で対峙することがあれば……間違いなく殺される。それ程の妖魔だったはずだ)
廻呪の義で溢れ出た呪力によって、妖魔が引き寄せられる事は少なからずある。結界にも隠匿できる呪力には許容範囲があるのだから。
それに加えて幼子から解き放たれる呪力は特に妖魔の目に着きやすい。故にこういった事態は恭志郎達にとって想定の範疇だった。
しかし、本来ならば呼び寄せられる妖魔は、どれも低級から少し足を洗った程度であるにも関わらず、奴はその次元を軽々と超えていた。
妖魔が儀式に乱入する事は想定していても、ここまで強力なモノだとは思ってもいない。
(……それだけじゃない)
膨大な呪力を解放した事で気を失った天智。そんな息子を膝枕し頭を撫でる狐の童女へ、恭志郎は意識を集中させる。
見えない。底が覗けない。まるで計り知れない。
(これが、最強と謳われる金色の瞳を持った妖魔の力か……恐ろしいな)
仮に戦闘になったとして自分は勝てるだろうか?
無理だ。恭志郎は本能で感じ取る。
自分と九条が共に戦って、祓えるか祓えないか──……。
(そんな妖魔を召喚だって? それも式神としての契約も交わしている? ははっ、我が息子ながら信じられない)
思わず笑いが込み上げてきそうになる。
「恭志郎、命令です」
横に立つ九条が恭志郎へと向き直り、神妙な面持ちで言葉を放つ。
「彼女達の監視を任せます。言っておきますが、これは警告でもあります」
至極真っ当な判断だろう。
「彼女が反旗を翻す事があれば……その時は息子共々、我々が手を下します」
「はい、心得ております」
それだけは絶対に阻止しなければならない。
愛する息子を喪う事など、想像するだけでも身が張り裂けそうだ。
仮に天智が死刑を命じられれば、恭志郎は九条達へ敵わないと分かりながらも立ち向かうだろう。
それだけの覚悟を持って、恭志郎は頷く。
「──ふむ、今ここで殺らなくて良いのかのう。星読みの娘よ」
童女の声だ。
既に九条の術式すら看破し、こちらの会話も聞かれていたらしい。
「えぇ、やめておきます。然るべき準備すらしておりませんので」
「ほう? 手筈が整えば殺れる、と。そう申すか」
部屋を灯す蝋燭の火が激しく靡く。
金色の瞳が九条を射抜いていた。九条は正面から放たれる重圧を気にした様子もなく、視線を交差させる。
「まぁよい。先に言うが、儂らの邪魔だけはしてくれるなよ。其方らが手出しせねば、儂が動く事はない」
「ふふっ、心得ました。……して、その目的とは?」
「貴様には関係なかろう」
「……そうですか。でしたら私はこれで失礼します。恭志郎と明日香も疲れたでしょう、早く息子も連れて帰ってあげなさい。私にはやる事が出来たのでお先に」
九条はそう言い残して部屋から出て行った。
沈黙が流れる。ややあって明日香が銀子へと向かって声をかける。
「銀子、でいいのでしょうか」
「名を呼ぶ許可を出した覚えはないが、それでよい」
「天智を……どうするつもりですか」
声が震えていた。それでも拳を握りしめ、力強い瞳で銀子を見据える。
「安心しろ、悪いようにはせん。ただ──コヤツには戦う術を身に付けてもらう。今はそれだけ言っておこうかの」
そう言った銀子の表情は、恭志郎と明日香からは一切伺えなかった。
「ではの。話は終わりじゃ」
最後に言い残し、銀子は霧のように消えていった。
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これにてプロローグは終わりです!
ここから物語が本格的に動き出しますので、楽しんで頂けると幸いです!
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