第4話 瞳の色

「ふふ、冗談です冗談」


 九条様は笑いながら手を離す。

 心の底からほっとした。

 でも、もし冗談じゃなかったら……?  

 あー、うん。怖くて想像したくない。


「それはそうとして、久しぶりですね。恭志郎、明日香」

「はい、お世話になっております」

「お久しぶりです、九条様」


 二人が畏まるところ初めて見たな。

 まぁ、数字付きナンバーズ相手だと仕方ないか。

 それにこの人若く見えるけど、実年齢はとんでもないし……。呪力の操作で若さを保ってるとか言ってたけど。


 九条様は二人の言葉に頷き口を開く。


「それでは、早速『廻呪の義』を始めようと思いますが、準備は良いですか?」

「えぇ、お願いします」


 む。廻呪の義。なんか聞き覚えが……

 あぁ、そうだ。精孔を開くための儀式の名前だっけ。

 って言うことは、俺は今から術式が使えるようになるって事か!


「では始めましょうか。恭志郎、息子さんを祭壇の前へ。分かっていますね? 恭志郎。備えておきなさい」

「はい、心得ております。行こうか、天智」


 部屋の奥に置かれた祭壇の前で、俺たちは立ち止まりまる。

 二人の間にはどこか緊張感が漂っているように見えた。


 ……もしかして、失敗とかあるのだろうか。

 そんな不安が過ぎったが、今は頼むしかない。

 自分じゃどうにもならないしな。

 

 九条様は父親が俺から少し離れて頷いたのを確認すると、何やら詠唱らしき物を唱え始めた。

 刹那、俺を中心として五芒星が浮かび上がる。 


 なんだろう、凄く暖かい。全身を解きほぐされているような感覚だ。

 だが、その感覚は直ぐに終わり、体の内で呪力がうねり始めた。


(え、ぁ、ちょっと待ってくれ。なんだこれなんだこれ!? ちょっ、ま、まず──!?)


 全身から割れた風船みたいに呪力が溢れ出ていく。

 ズンッと空気が重くなり、父と母、そして九条様の表情が強ばった。


「……ッ! ここまでとは! 恭志郎、来ますよ!」

「はいッ! お任せを!」


 父が腰に携えていた剣を抜く。

 それと同時、俺の目の前に真っ黒なモヤが現れた。

 それは徐々に徐々に大きく広がり、やがてゾワッした感覚が身を支配した。


 なんだ、これ。動けない。

 怖い、怖い、怖い、怖い!


『やァ、こンにちハ。』


 そんな俺へモヤの中から声がかけられ、得体の知れない何かが姿を現した。

 一つ目の人型をした何か。口は裂けサメのような牙がぎっしりと並んでいる。


 そうか、これが妖魔なのか。


 ゲームで何度も目にしてきたけど、いざ目の前にするとこうも恐ろしいのか。

 母の「逃げて!」という叫びだって聞こえてるのに、足が竦んで動けない。

 妖魔は俺へ腕を伸ばし鷲掴みにしてきた。


 だめだ、死ぬ。


『ソレじャあ、いたダきまァす』


 ガバッと口が開かれた。俺なんか簡単に丸呑みに出来てしまうくらいに。


「させるかぁッ!」


 父が床を蹴りあげてこちらに向かってくる。


 良かった、これで助かる。

 そう、安心した──はずなのに。


「恭志郎、待ちなさいっ!」


 詠唱を終えた九条様が父の前に立ちはだかりそれを止める。


 え、なんで……なんで?

 俺、こんな所で死ぬのか?



 そう思った、次の瞬間だった──


『ァ? アァァアアァ!?』


 妖魔の腕が意図も容易く斬り刻まれ絶叫が屋敷に響き渡る。

 支えの失くした俺はドンっと地面に尻餅を着いた。



 そして、金色の輝きがこの一室を支配し、



『下郎が。失せろ』



 そんな声を聞いた。

 いったい何が起こったのだろう、これがまた別の妖魔だったら一巻の終わりだ。

 俺は焦りを覚えながら、その眩しさに眼を瞑る。


「……なん……なの……?」


 光はだんだんと弱まってく。俺は恐る恐る瞼を上げる。


 広がっていたのは先程と変わらぬ屋敷の光景と、俺を襲おうとした妖魔が無くなった腕の部位を抑えている姿だった。




 ──そこで、俺はその姿を捉えた。




 白銀の髪を腰まで流し、身の丈程の大太刀をその手に握る一人の童女の姿を。

 頭部には狐の耳、臀部にはふんわりとした尻尾が生えており、黒の着物を身に纏っている。

 

 見た目は可愛らしいが──その圧倒的存在感が、ただの少女では無いことを証明する。

 


「――我が名は『銀子』」



 そう言って、身の丈程の大太刀を振り回し、俺を襲った妖魔を意図も容易く切り伏せる。

 事切れた妖魔が霧と化す最期を背景に、童女はこちらに振り返った。


「どうやら儂はお主の式神となってしまったらしい。そなたの願いはなんじゃ」


 金色の瞳──原作において最強の妖魔と謳われし証を持つ狐の童女に、俺はそんな問いを投げかけられた。

 

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