閑話 とある少女の願い


 ──その少女は、俗に『天才』と呼ばれるような存在であった。


 否、実際に彼女と対面した者は『天才』などという言葉で括ることも烏滸おこがましいと、皆一様に別の名で称える。


 ──『才禍の魔女』

 いつしかそれが、彼女を冠する言葉となっていた。


 武道、学童、はては作法に芸術に至るまで。

 その分野に少し触れただけで、『天才』と呼ばれるもの達を一蹴していく。


 彼女と関わった者は、皆決まってこう言うのだ。


「相手が彼女なら仕方がない」、と。


 それ故に、少女は真剣勝負をする事はなくなった。

 本気になってしまえば、以降誰も自分の前に立ってくれようとはしないから。


 切磋琢磨する者が居ないというのは、彼女に永遠とも思わせる暇を与えていた。

 才気溢れるが為にもたらされる【孤独】は、徐々に彼女を蝕んでいく。


 そんな彼女の名を──『之瀬 雫』

 白銀の髪に翡翠色の瞳。まだ四歳という喜怒哀楽に振り回されるはずの年齢だが、彼女の表情は一貫して退屈なものであった。


 少女は縁側に腰掛け、ただただ茜色に染まっていく空を眺め続けた。


 そして茜色が深海のように淀みだした頃、ふと背後から声を掛けられる。


「明日は家を空ける。心配はしていないが、結界から出るなよ?」

「うん、わかってる。……それで、どこ行くの?」

「昔の戦友のところだ」

「ふーん。何かあったんだ」


 聡い雫は何かに勘づいた様子で男に──父に伺う。


「……妖魔の気配が出たらしい」

「そっか」


 父が出向くのだ。ただの妖魔では無いのだろう。

 傍から眺めていれば退屈な時間も多少は紛れるかもしれない。

 ついて行きたい。けれど、それが許されないことはわかっている。

 だから雫はその言葉を飲み込み、


「行ってらっしゃい」


 未だ空を見上げたまま、抑揚のない声で言った。

 「あぁ」と返答があった後、足音が遠ざかり気配が消える。


 そして少女は縋るような声で呟くのだ。


「いつかきっと──……」


 この退屈から引っ張り出してくれる人が現れますように。



 十と数年後──本来ならば天智をの少女は、掌に薔薇の氷華を創りそう願ったのだった。




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