閑話 二つの特異点

 天智と冬馬による模擬戦が行われた日の夜。

 比那名居家の縁側では、恭志郎と冬馬が庭に掘られた池に映る月夜を眺め酒を嗜んでいた。


 流れる沈黙に気まずいといった様子はなく、粛々と二人は盃を口へ運んでいく。

 やがて池の鯉が宙へと跳ね上がり、カコンっと鹿威ししおどしが心地よい音を落した頃だろうか。


「……なぁ、恭志郎。あの子は一体何者だ?」


 氷菓の如き瞳で恭志郎を視界に捉え、冬馬が口を開いた。

 空になった盃に酒を注ぎ、恭志郎はスっと飲み干すと問に応える。


「何者、か。勿論、俺の自慢の息子だよ」

「僕が聞きたいのがそんな事じゃ無いのは分かってるだろ? あの子の強さは異常──いや、異質だった」


 一級の自分が油断していたとはいえ四歳児に一本取られるなど、剣を交え合うまで思いもしていなかった。

 無論、全力で戦った訳では無い。あくまで模擬戦、天智に稽古を付けるつもりで行っていた。

 だというのに──


「あの子の放った最後の一撃は、俺に本気を出させる覚悟をさせるに至っていた」

「……」

「それに、あの子……天智君は式神を従えているだろう」


 呪力が二つ、天智の中には巡っていた。

 冬馬はそれに気が付き指摘する。並の陰陽師では一切感知出来ない程に也を潜めていても、冬馬には分かってしまうのだ。

 それは冬馬が呪力の扱いに長けているが故。


「……流石だな。わかった、お前には言っておく。だが、絶対に他言無用だ。まぁ、いずれ知る事にはなっただろうがな」


 酒を煽って恭志郎は続ける。


「そうだな……まずは『金色の瞳』と聞いて、お前は何を想像する?」

「『厄災の魔』、かな」


 『厄災の魔』

 それは、かつて都市をたった一匹で壊滅に追い込み、日本に存在する十二人の一級陰陽師が集い、ようやくの思いで祓った最凶の妖魔の名である。

 当時、冬馬はその十二人の一人であり、最悪の戦いに身を投じていた。


 だからこそ、今でも鮮明に思い出せる。


 その瞳の色は──そう、金色に輝いていた。

 妖魔は等級によって瞳の色が変化するが、金色の瞳は後にも先にも『厄災の魔』、あの一匹だけだった。


「──ッ! まさか」


 記憶を辿り逡巡して、恭志郎に問われた事で冬馬は察した。


「そのまさかだ。天智の式神の瞳──それは、金色に輝いている」


 空いた口が塞がらなかった。

 もし恭志郎の言っていることが本当ならば、天智はその気になれば国を揺るがす事の出来る存在だという証明になる。

 

「……嘘、ではなさそうだ」


 親友の真剣な眼を見抜けない程、冬馬の目は曇っていない。


 だが、このまま天智を生かしておいて良いのだろうか。あまりにも危険すぎる。

 もしこのまま成長していけば、甘く見積っても自分や九条を軽く超えていくだろう。

 そうなった時、自分たち一級陰陽師を再び集結させたとして、果たして対処出来るのか──。

 そう考えて冬馬は問う。


「それで、危害は無い……のか?」

「あぁ、今の所はな。何やら目的があるらしい。こっちが手を出さない限り動かないんだとよ」

「そうか。しかし、恐ろしいな。そんな妖魔を式神に従えるとなると、並の呪力量では足りない」

「その通りだ。天智の呪力量は、お前と九条様を足しても届くかどうか。……ずっと傍に居る俺でも深淵を覗けないんだよ」

「とんでもないな。だけど、いい事を聞いた」


 冬馬がニィっと口角を三日月型に上げる。


「俺の考えは間違っていなかった」


 自身の愛娘の退屈そうな表情が脳裏に浮かぶ。


「俺の娘に是非合わせてたい。恭志郎、一年後の七五三、京都まで来てくれないか」

「……は?」


 何故? と首を傾げる恭志郎を見て、冬馬は娘に──雫に土産話を聞かせたくて気持をはやらせた。


 彼ならきっと、娘の才能に応えてくれる。

 【孤独】から引っ張り上げてくれる。


 そんな予感がしたのだ。



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