14. ダリアside 救えなかった人④

「そんなことになっていたのね……。

 サーシャ、助けられなくてごめんね」


 私が今までのことを説明すると、奥様は涙を溢しながらサーシャ様の手を握りしめました。


「ダリアも辛かったのに、手を尽くしてくれてありがとう」

「ですが、約束を守れませんでした。申し訳ありません」

「サーシャに会いに行けなかった私達も悪いのよ。だから気追わないで」


 奥様はそう言ってますが、行き場のない怒りをぶつけたいはずです。

 侍女でしかない私ですら泣いてしまったのに、奥様は涙を流していません。


 娘を亡くしたのですから、泣き崩れていてもおかしくないのに……ずっと耐えているのです。



 一方で、知らせを聞いて帰ってきた旦那様は、私が説明を終えると悲しむよりも先に怒りが出ていました。


「オズワルド・ブラフレア! 俺達を領地に入れなかったのはサーシャを殺すためだったのか!?」


 ブラフレア領の方向を睨みつけているだけなのに、私まで怖くなってしまいます。

 この怒りは悲しみを紛らわせるためのものと分かっているから、私達には何も出来ません。


 普段は明るい雰囲気のオーフィリア邸ですが、今はどんよりとした重たい空気が漂っています。

 夢の中と分かっていても、この感じは嫌なものです。


「少し頭を冷やしてくる」


 いえ、これは……私の記憶なのかもしれません。

 医学書によると、眠っている時に見る夢というのは、記憶の断片を組み合わせたもの。


 これだけはっきりとした感触があるなら、その断片が大きなものと考えることも出来ます。

 受け入れたくはありませんが、この記憶が確かなら……。


「サーシャ様……」


 だれかの悲しげな声が漏れた時、私の頬を涙が伝っていきました。




 このの夢はここで途切れてしまいました。

 けれど、これには続きがあります。


 悲しみのあまり体調を崩された奥様に代わって、王家が動いたのです。

 当然ながら旦那様も追及の手を緩めることは無くて、翌日にはリリア様が捕らえられました。


 罪状は侯爵夫人への暴行という、貴族であれば投獄で済む程度ものでした。

 けれども、これは牢に入れる口実作りのためで、その間にも余罪を調べています。


「リリア嬢の取り調べの結果が出ました。

 動機に不可解な点が多すぎますが、サーシャ様に対して何かしらの恨みを持っていたようです」

「そうか。しかし、サーシャに接点は無かったはずだ。

 被害妄想にようものか、あるは糸を引く者がいるか……」

「我々は、背後に何かがあると考えています。こちらも、引き続き捜査を行ってまいります」


 王宮からの使者との会談ではすっかり落ち着いた様子の旦那様ですが、あれから今まで誰も笑顔を見れていません。

 ちなみに、このやり取りの前はブラフレア侯爵家の処遇について話し合われていて、オズワルド様の拘束が決められたばかりです。


 大切な孫を奪われた王家の怒りを買ったのですから、当然の報いでしょう。

 貴族であっても人殺しは大罪。相手が賊なら正当防衛として認められても、今回は殺人として扱われることになりそうです。



 それから少しして、私達は使者の方々を門まで見送りに出ました。


「ダリア様も、お辛い中で証言して頂きありがとうございました」

「これもサーシャ様のためですから、お気になさらないでください」

「必ずオズワルド様とリリア様に法の裁きが下るように致します」

「ありがとうございます。サーシャ様も安心して下さると思います」


 馬車に乗る前に使者の方とお話をしているときでした。

 ヒュンヒュンという風を切るような音が聞こえたと思ったら、胸に何かが刺さったような痛みが走りました。


 驚きながら視線を下に向けると、緑色がかった矢が目に入りました。


「ダリアさんッ!」

「まずい、毒矢だ! 医者を呼べ!」

「盾だ!」

「いたぞ、追え!」


 この領地を守っていた衛兵さんや他の使用人達が慌ただしく動き出しました。

 けれど、そのことを感じた時にはもう、意識が遠のいていきました。




 そうして、私はベッドの上で絶叫することになったのでした。

 悪夢の終わりと共に。

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