6. 婚約を解消しましょう

 私の目の前で抱き合うオズワルド様とリリア様。

 結婚後に何度も見てきた光景だからショックは受けないけれど、悲しくなってしまう。


 二人だけの世界に入り込んでいるからか、気配を殺すのをやめても気付かれない。


「オズワルド様、確か昨日婚約されたばかりですわよね?」

「お相手はどなたですの?」

「サーシャ様ですわ」

「治癒の力を持っていると噂のサーシャ様ですの?」

「そのサーシャ様で合っていますわ」

「サーシャ様のような貴重な力を持つ方でも恵まれませんのね……」


 私が立ち止まったまま動けないでいると、そんな会話が聞こえてきた。

 まさか本人が近くにいるとは思わないわよね……。


 浮気や愛人作りなんて、本人が居ないところでするのが常識。

 婚約期間中に婚約者以外の人とお付き合いする行為は相手への無礼と取られるから、この段階で婚約解消を申し出てもオズワルド様の有責で話を進められる。


 でも、この大勢の中で婚約解消を切り出すことなんて……私には出来ないわ。

 証拠を残す手段なんてないから、オズワルド様達の抱擁が終わる前に行動しないといけないのに……!


 サーシャ、覚悟を決めるのよ。信じてもらえないかもしれないけれど、証人は目の前に居る。

 だから、動けるのは今しか無いのよ。


 そう言い聞かせて口を開こうとした時だった。


「サーシャ、あの二人どうするのよ?」

「ヴィオラ……? どうしてここに?」


 友人のヴィオラ・パールサフ侯爵令嬢に声をかけられた。

 ここでヴィオラに声をかけられることなんて、前回の人生では無かったのに……。 


「後で話すわ。今、婚約破棄しなかったら幸せにはなれないと思うけど、どうするの?」

「婚約破棄……するつもりよ」


 学院の中では家格は重要視されないことになっているから、私達もそれに倣って砕けた口調で話している。

 侯爵家と子爵家というどう頑張っても埋まらない差があるから、公の場ではお話しすることすら憚られるのだけど。


「そう。私が動いてもいいかしら?」

「そうしてもらえると助かるわ」

「分かったわ」


 それに、こういった場では家格が高い人の発言の方が信用されやすい。だから、この場はヴィオラに主導してもらうことにした。

 一度でも婚約解消されれば良縁なんて望めないけれど、苦しんで死ななければ良いと思っているから、躊躇なんて無かった。



「婚約者の目の前で愛人作りとは、感心しませんわね」


 オズワルド様に向けて放たれる言葉。

 けれども、彼は素知らぬ顔をしている。きっと自分が言われているとは思っていないのね。


 けれども、周囲の方々の視線は私とオズワルド様、そして声の主のヴィオラに集まっている。


「貴方のことですわよ? オズワルド・ブラフレア」

「パールサフ家の方が私のような者に何の用でしょうか?」

「サーシャがこれを見たら、どう思うのでしょうね?」

「まさか。サーシャは席を確保しているから、ここには……」


 オズワルド様がそう言いかけたところで、サーシャの後ろに隠れていた私が横に並ぶ。

 すると、オズワルド様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていった。


 目を何度も瞬かせて、誰でも分かるような慌て方をしている。

 上面だけの態度に惚れていた前回の自分に説教してやりたいわ。


「オズワルド様。このまま結婚しても私には不幸が待っていると思いますので、婚約は解消しましょう。

 良い方だと思っていましたのに、残念です」

「待ってくれ! これはただ交友を広めていただけだ」

「そうですか。私とは交わしていない口付けを、そこのリリア様とは交わしたそうですわね。それも、ただ交友を広めていただけですか?」


 これは私が見ていた事実なのだけど、それを指摘されたオズワルド様は私に掴みかかってきた。


 前回の人生で反抗した私に暴力をふるった時のように、今回も手を出してくるのかしら?

 痛いのは嫌だけれど、死ぬ直前の痛みよりはマシだったのよね。


「いつから聞いていた!?」

「そうそう。寮の中でリリア様と一夜を共にしていたこともあるみたいですわね。

 婚前にそのような行為をするのは、褒めらることですの?」

「なぜ、それを……?」

「想像で言っただけですのに、事実でしたのね。

 ここまで蔑ろにされたら、私にも考えがありますわ」


 治癒の力が使える以外の取り柄がない令嬢が置いた簡単な罠にかかるだなんて、跡継ぎ失格だと思う。

 それに、ここまで私が蔑ろにされていたら、婚約解消の正当性も認められるから。


「オズワルド・ブラフレア様。婚約を解消いたしましょう」


 真っ直ぐ彼を見据えたまま、私はそう言い放った。

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