7. 暴力を振るわれました

「婚約の解消だと!? 俺の家の意向を無視することが許されるとでも思っているのか!?」


 政略婚約の場合、婚約の解消には両家の同意が必要になる。

 私が言ったのは提案だから、この言葉で婚約を解消出来るものではない。


 けれども、オズワルド様のお母様は愛人を許さない性格で、オズワルド様のお父様は夫人に頭が上がらなかった。

 オズワルド様が家長になった直後から屋敷を追い出されたそうだけれど、今はまだご両親と交渉が出来るのよね。


「ええ、分かっておりますわ。オズワルド様の意向よりも、ブラフレア家の意向の方が大事なことくらい」

「俺の意思はどうでも良いのか?」

「オズワルド様は私との婚約を解消するおつもりなのですよね?」


 婚約期間中に愛人を作る行為は、婚約破棄しても構わないという意思表示にもなる。

 けれどもオズワルド様にその自覚は無いみたいで、私の肩を掴んでいる手に力が入っていた。


 少し痛いけれど、死ぬ直前の痛みと比べると大した事はない。


「それは……サーシャ、お前の希望だろ!」

「ええ、私の希望でもありますわ。

 ですが、婚約中に愛人を作る行為は結婚の意図が無いとされますから、貴方も同じなのでしょう?」


 焦っているオズワルド様に、理由を交えて説明する私。

 すると肩に込められた力が強くなっていった。


 オズワルド様、体格は良いから……私の肩は砕かれてしまうかもしれないわ……。

 でも、そうなった方が都合が良いのも事実。


 暴力を受けた。その事実だけで王家に仲裁を申し込めるのだから。

 今の私は治癒の力が残っているから、骨が砕けても治せるから問題は無いと思う。


「違う……。俺はサーシャを大切に守るつもりだ」

「愛しては頂けないのですね。守ると言っても、屋敷に閉じ込めて都合良く利用するおつもりなのでしょう……?」


 目を少し伏せて、悲しんでいる演技をしてみる。

 涙は流せなかったけれど、周囲の同情は誘えるはずだから。


「俺にそんなつもりは無い!」

「私を都合良く利用しようとしたのは、リリア様の差し金なのですね?」


 その言葉を口にした瞬間、リリア様がビクりと身体を震わせる。

 反応が分かりやすくて助かるわ。


 ……こんなに分かりやすい人達に都合良く利用されていただなんて、前回の私は本当に馬鹿だったのね。

 せっかくのやり直しの機会だから、前回と同じ失敗は出来ないわ。


「事実でしたのね」

「違うわ! 私はただ、オズワルド様に愛されたかっただけよ!」

「だから私とオズワルド様の仲を壊そうとしたのですね?」


 普段よりも声を低くして問い返すと、リリア様は黙り込んでしまった。


 前回の人生でも問い詰めた事はあったけれど、その時の私は弱っていたから何も感じなかったのかもしれない。

 子爵令嬢よりも伯爵夫人の方が力はあるはずなのに……。


「リリアを悪者にするのは止めろ! 彼女は何も悪くない!

 サーシャに魅力が無いのが悪いんだ!」


 ……不思議に思っていると、オズワルド様が声を荒げた。

 私の肩を本当に砕こうとしているのか、力が強められていく。


「サーシャは魅力的だと思いますわよ?

 容姿を取っても、性格を取っても」

「それは同性の目から見ての判断だろう!」


 ヴィオラの言葉が気に入らなかったみたいで、さらに声を荒げるオズワルド様。


 ミシミシと悲鳴を上げていた私の肩から、バキッという音が聞こえた。

 遅れて激痛が襲ってきて、左腕に力を入れられなくなってしまった。


 幸いにも右側の利き手は無事だけれど、痛みのせいで倒れそうになってしまう。


「サーシャ!? しっかりして!」

「肩の骨が折れたくらいで死にはしないわ……」

「えっと……どう見ても大丈夫じゃ無いわよ? 医務室に行った方が良いわ。暴力を受けた証拠を残すためにもね」


 慌てていたヴィオラだったけれど、すぐに冷静になってそんな事を言ってくれた。


「女性の肩を折るとは最低だな……」

「政略婚約だと相手の性格がアレでも断れませんからね」

「無事に婚約解消出来ると良いのですけど……」

「暴力男と結婚したい人なんて居ないと思いますわ」


 ご令嬢方、ご令息方に囲まれて非難の声を浴びるオズワルド様。

 全員、私を彼の毒牙から守ろうと動いてくれている様子。


 だから、私はこの機会を逃さないように、ヴィオラに付き添われて医務室に向かった。

 診断書が手に入れば、私達が動きやすくなるから。

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