5. これも悪夢ですか?
あれからしばらくして、学院のお昼休みでのこと。
友人を誘って昼食に向かおうとしていたら、オズワルド様が私を迎えに来ていた。
「サーシャ、待たせてしまって申し訳ない。侍従に席を確保してもらっているから、カフェテリアに行こう」
「は、はい……」
完全に忘れてしまっていたけれど、こんな約束をしていたような気もするわ。
婚約者同士で食事をするのは当たり前のことなのよね……。
結婚するまでの間の私とオズワルド様の関係は、普通のものだった。
政略婚なのに幸せそうだと噂されるくらいには仲も良かった。
今なら私を逃さないための罠だったと分かるけれど、一度目では優しい彼を好きになっていたのよね。
気付けなかった一年前の私にお説教したい気分だ。
「そんなに緊張しなくていい。結婚してからはサーシャと対等な立場でいたいんだ。
僕相手なら無礼があっても気にしない」
「ありがとうございます」
これは緊張じゃない。ただオズワルド様の毒牙にかからないように警戒しているだけ。
そもそも逆行する前は毎昼一緒に食事していたから、今更緊張したりはしないというのに。
そもそも、貴方は私を領地の屋敷に閉じ込めて、助けも求められない状態にするつもりなのに、よくもまあスラスラと。
平気な顔して嘘を言える精神には感心してしまう。
「準備は大丈夫かな?」
「ええ」
ゆっくりと歩き出したオズワルド様の後を追う。
私の歩調に合わせてくれているけれど、これも演技だと思うと悲しくなってしまう。
「サーシャは食べ物の好みあったりするのかな?」
「甘いものなら、なんでも好きですわ」
こうして好みを聞いてくれるのも気遣いのためだと思っていたけれど、実際は違ったのよね。
結婚するまでは私の好みに合わせてくれていたけれど、結婚してからは全く甘いものは出てこなかった。
懐妊が発覚する前までは満足出来る食事も出されていたけれど、私の好物は一切無くてガッカリしたのよね。
その後に待っていた極貧生活に比べると良かったのだけど。
「そうか。それなら、デザートも頼もう。
もちろん僕の奢りだよ」
「ふふ、お優しいのですね。ありがとうございます」
笑顔を浮かべながらそんなことを口にしてみる。
こういう時は相手の思い通りに動いた方が良いと、お母様が教えてくれたのよね。
その方が隙を見せてくれるのだそう。
それに、いきなり拒絶する仕草を見せたら怪しまれると思うから、出来るだけ一度目と同じ態度で接するように決めている。
けれども、どこで道を違えたのか、記憶に無い出来事が起ころうとしていた。
「サーシャの分も取ってくるよ。何が良いかな?」
「オズワルド様と同じで大丈夫ですわ」
前回の人生で毎週のように言っていた言葉を返してから数分。
料理を受け取る順番待ちをしているオズワルド様が見覚えのある髪色の令嬢と話している様子が見えた。
このカフェテリアでは自分で注文カウンターに行って注文をして、受け取りカウンターで料理を受け取ることになっている。
代金の支払いもそこで済ませてから、自分の手で席に運ぶようになっている。
半分くらいの人は侍従に任せているけれど、残りの人達は自分の手で運んでいる。
自分で運ぶ理由の殆どは毒を入れられないようにするため。けれども、女性に対して紳士的な態度を演出するために運ぶ人だったり、侍従の負担を減らす目的で運ぶ人がいるらしい。
私はサーシャの負担を減らすために、席の確保と交代でしていた。
ちなみに侍従の立場でもお金さえ払えば、ここの料理を楽しめるのよね。
これは私の勝手な予想だけれど、オズワルド様は気の利く男性を演じているだけだと思う。
使用人を全面的に信頼している様子でも、労わる様子は見られなかったのだから。
思い出したら、少しだけ悲しくなってしまった。
「サーシャ様、様子を伺ってきましょうか?」
「私が行くから、この席の確保をお願い」
そんな言葉を交わして席を立つ。
向かう先は、もちろんオズワルド様が居るところだ。
気付かれないように気配を殺しながら会話が聞こえるところまで来た時。
予想の斜め上の会話が耳に入った。
「私達、口付けも交わした仲ですのに……?」
「今は信頼されるように立ち回っている。結婚出来たら、今まで以上に構ってあげるから離れていてくれ」
「嫌ですぅ……。でも、約束のハグをしてくれたら離れても良いですわぁ」
「分かった。5秒だけだよ」
「10秒で!」
「分かった、10秒にするよ」
こ、こんな公衆の面前で堂々と浮気だなんて。
気配を殺しているとはいえすぐ横近くにいる私に気が付かないだなんて。
これは、夢なのかしら……?
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