45. 牢に居るはずなのに

 あの後、私が暮らす屋敷の玄関前に戻ってきた私達は、馬車から降りて言葉を交わしていた。

 使用人さん達に出迎えられている今の状況で手を繋ぐのは恥ずかしいから、今は繋いでいないけれど、距離はお出かけする前よりも近い気がするわ。


「今日はありがとうございました。楽しかったですわ」

「俺も楽しかったよ。ありがとう。

 また来週も一緒に行こう」

「はい、楽しみにしていますわ」


 馬車の中でもずっとお話をしていたから、今日はもう話題が残っていないのよね。

 だから、お互いに「おやすみなさい」と言葉を交わした。


 アドルフ様が馬車に乗って、屋敷から出ていくところを見送る私。

 そんな時だった。


「何の音かしら……?」


 風を切るような音が聞こえてきて、立ち止まってしまう私。

 隣にいるダリアに手を引かれて、咄嗟にしゃがんだ。


 その直後、私が歩こうとしていた場所に矢が突き刺さった。


「危なかったです。こちらに隠れてください!」

「分かったわ」


 急いで塀の方に寄って、矢で狙われないようにする。

 でも、この場所は塀を乗り越えられたら、すぐに攻撃されてしまうのよね。


 そう思っていたら、本当に侵入者が塀に手をかける音が聞こえてきた。

 内側には外を見れるように、踏み台が隠されているから、音がしたところに踏み台を置いて、登る私。


「サーシャ様、一体何を……?」

「静かにして」


 相手に気付かれないように、護身用のナイフを取り出してから、かけられている手に思いっきり突き刺す。


「ぐあっ……」


 痛みに驚いたみたいで、手が離れようとしたけれど、その上に氷の魔法をかけて離れられないようにする私。

 しばらくはここから動けないはずだわ。


 でも、これで安心は出来ない。

 護衛さん達が大きな盾を持って集まってくれているけれど、襲撃者が何人居るか分からないのだから。


「サーシャ様、お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫よ。

 屋敷の中までお願い。それと、襲撃者は1人だけここに留めてあるわ」

「承知しました」

「こちらの内側にお願いします」


 そう言われて、護衛さん達が作ってくれた盾の輪の中に入る私。

 ちなみに、この庭には身を隠せるような段差や壁があちこちに作られているから、反応出来ればすぐに身を隠せるのよね。


 反応さえ出来れば……。

 だから、今回の件はダリアが居なかったら危なかったわ。


「ここまで来れば大丈夫そうね」

「はい。では、我々は襲撃者の殲滅に当たります」


 そう言って、すぐに玄関を飛び出していく護衛さん達。

 一部の人たちは私の護衛に付いたままだけれど、襲撃者の人数も判明したみたいだから大丈夫そうね。


「お父様に報告したいから、護衛お願い」

「承知しました」


 声をかけてから、お父様が居る部屋に向かう私。

 ちなみに、お父様の部屋は屋敷の中心にあって、外からの襲撃に備えて隠し扉もいくつか作られている。

 

 侵入はされていないけれど、矢に撃たれてる訳にはいかないから、窓の無い廊下を進んだ。


「お嬢様、ご無事で良かったです。

 旦那様と奥様が心配されておりますので、お入りください」

「分かったわ。ありがとう」


 部屋の入口を守っている護衛さんに促されて、中に入る私。

 その直後、お母様に抱きしめられた。


「サーシャ、大事にならなくて良かったわ……!」

「お母様……苦しいです……」


 私と体格はあまり変わらないはずなのに、どこからこんな力が出せるのかしら?

 疑問に思いながら抜け出そうともがいていると、お父様も近付いてきて、反対側から抱きしめられた。


 私の無事を喜んでくれているのは分かるけれど、このままだと窒息死してしまうわ……!

 逆行するから、何とかなるとは思うけれど……回避する方法は全然思い付かない。


「旦那様、奥様。お嬢様が窒息してしまいます。ハグは程々に。

 それから、今回の首謀者が分かりました。ブロンムーン子爵夫人の指示だと、捕らえた者が吐きました」

「なんだと……?」

「ブロンムーンって……」

「リリア様のお母様……?」


 私も知っている人物の名前が出されて驚いたのは私だけ。

 お母様とお父様は、驚きよりも怒りが勝っているような表情を浮かべていた。

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