19. 疫病神ですか?

「レイシア、飲み物はいつもと同じでいいかな?」

「ええ。私も一緒に行って良いかしら?」

「もちろん。姉様も何か要りますか?」

「私は大丈夫よ」


 そんなやり取りをしている間も、リリア様はパスカルを誘惑しようと色仕掛けをしていて、パルカルの婚約者――レイシア様に睨まれている。

 一方のパスカルはというと、今もリリア様に全く反応していない。潔いまでの完全無視ね。


 けれども、立ち上がるときに勢いよく後ろに移動した椅子が、リリア様の足に直撃していた。

 かなり痛かったみたいで、彼女は声も上げずにすねの辺りを抑えてしゃがみこんでいる。


「ん? 誰だ?」

「どうして、その女に構うの……?」

「パスカルを誘惑する気なら、私にも考えがありますわ」

 

 普段は笑顔を浮かべるレイシアさんだけれど、今の声は少し怖かった。


「レイシアのことなら、婚約者だから当然だ。誰だか知らないけど、俺とレイシアの関係を壊そうとしているなら、俺にも考えがある」


 拳を構えながら、そう口にするパスカルの表情には怒りが見える。

 気持ちは分かるけれど、女性に手を上げるのは良くないわよ?


 事故で物が当たってしまうのは仕方のないこと。

 でも、どんな理由でも暴力は良くないから、念のためにとパスカルの手を押さえる私。


 そんなとき、私の目の前にリリアの指が突き出された。


「違うわよ! サーシャとかいう女のことよ」

「ん? 姉と話して何が悪い?」

「姉……? この女を好きって言っていたのはなんだったのよ!?」

「そりゃ、家族のことはみんな好きだからだ。不仲とでも思っていたのか?」


 どうやら、リリア様はパスカルが私を狙っている人と勘違いしたらしい。

 これで確信していいのか分からないけれど、私が殿方に気に入られないようにしたいらしい。


 それだけなら、私の狙い通りになるから良いのだけど……。


「サーシャ様、あなたの弟に暴力を振るわれたの。ねえ、責任取って?」


 ……なんて思った私が甘かったらしい。


 どうにかして私を追い詰めたいみたいで、事あるごとに私に責任を押し付けるつもりなのね……。

 今回は癒しの力を使って、赤く腫れていた脛を治したけれど、いつまでもこの手が使えるとは思えない。


 疫病神に取り憑かれた気分だわ……。

 呆れで怒りが引っ込んでしまった。


「暴力の証拠はどこにありますか?」

「この脛が証拠よ!」

「暴力を振るわれたとは思えないくらい綺麗ですわね?」


 何も知らない邸を装って、そう口にする私。

 リリア様は傷跡が無いことに気が付いたみたいで、私のことを睨みつけてきた。


「リリアさん、これ以上は私への敵対でもあると判断するけれど、良いかしら?」

「そんなつもりは無いですわぁ。わたし、これで失礼しますね」


 けれども、ヴィオラに注意されると、大人しく私達から離れていった。



 今のやり取りで確信した。

 リリア様をどうにかしないと、例え1人で生きていこうとしても、不幸が訪れる。


 それくらい、私は一方的に恨まれているのよね。

 対抗策は、家格の高い方を味方に付けることだと思う。ヴィオラには敵対出来ないみたいだから、侯爵家以上なら確実だわ。


 そう思っていたら、ヴィオラから小声でこんなことを言われた。


「話を戻すわね。サーシャ、私のお兄様と関係を持つ気は無いかしら?」

「それって、婚約するってことかしら?」

「ええ。でも、そんなに単純なものではないわ。

 お兄様には女性嫌いを公言してもらって、政略婚を装うの。そうすれば、サーシャは不遇な扱いを受けると思われるわ」

「リリアを満足させつつ、私への同情を誘う作戦かしら? そんなに上手くいくとは思えないのだけど……」


 ヴィオラのお兄様――アドルフ様のことはある程度知っていて、悪い人ではないことは分かっている。

 けれども、女性嫌いは事実だから、私が愛されないことも確実なのよね。


 その方が好都合なのだけど、また食事を抜かれたりしないかしら?

 不安だわ。


「私が嫌われることになると思うのだけど、結婚してから食事を抜かれたりしないかしら?」

「食事? そんなことあり得ないわ。お兄様はサーシャのこと気に……ううん、何でもないわ。

 虐待は犯罪なのよ? どんなにお兄様が嫌っても、食事は出てくるわ」

「そうなのね? ところで、アドルフ様はこのことを受け入れて下さるのかしら?」

「サーシャ嬢が問題無ければ、受け入れる」


 私がヴィオラに問いかけると、いつの間にか横にいたアドルフ様の声が聞こえた。

 もしかして、この話は根回しが済んでいるのかしら?

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