005:魔王特製の究極の担々麺、そのお味はいかに

 勇者ユークリフォンスは濃厚でこってりとした担々麺のスープを――茜色あかねいろ黄金色こがねいろが混ざり合った幻想的なスープをゆっくりと口に運んだ。



 ――スーッ。



 ドロドロのスープが舌に触れる。

 その瞬間、味覚が舌から脳へ、脳から全身へと感覚を送った。


 口内に広がった胡麻味噌の芳醇な風味が喉を通り鼻腔へと伝わる。

 直後、味覚と嗅覚で感じ取ったものが喉越のどごしていく。


 食道を通り胃に送られたスープは、空腹だった胃袋に溶け込み、優しく広がっていく。


 レンゲ一杯分を飲み干した後の口内に残る余韻――その余韻を含め、胃が、脳が、全身のありとあらゆる感覚が、細胞の全てがスープを要求する。


(美味い――!! 美味すぎる――!! 何だこのスープは!? 昨日の担々麺とは明らかに何かが違う! 見た目は同じなのに確実に何かが違うぞ。一体どうなっているんだ!? 何が違うんだ!? 何を変えたんだ!?)


 羽根のように軽いレンゲを持った手は、次から次へとスープを口へと運んでいく。



 ――スーッ、ズーッ、スーッ!!



(スープから感じるのは、胡麻味噌の芳醇な風味だけじゃない。ラー油と赤唐辛子の辛さも一緒に広がってくる。かと言って刺激的な辛さではない。むしろ気持ちがいい、心地が良い辛さだ! 辛味と旨味と塩味が手を取り合っている! なんて最強で完璧すぎるスープなんだ!!)


 勇者ユークリフォンスは、スープに感銘かんめいを受けた。

 その後、レンゲを丼鉢どんぶりばちふちにかけ手を止めたかと思えば、箸に手を伸ばしていた。

 その動作に一切の迷いはない。まるで敵をぎ払うために剣を抜刀ばっとうするかのような迷いなき動きだ。


(……スープは完璧だ。だが、麺の方はどうだろうか。ここまでやったんだ。最後までとことん頼むぞ)


 濃厚でこってりしたスープがたっぷりと絡むように改良に改良を重ねた縮れ麺――

 それを箸で掴み、口の中へと一気に運んだ。



 ――ズルズルッ、ズルズルッ!!!!



 麺に絡んだスープが飛び散るが、それを気にする余裕など勇者ユークリフォンスにはない。

 美味さを求める衝動に抗えるはずがないのだ。


 ズルズルと口内へ入った麺を躊躇ためらいなく咀嚼そしゃくする。

 もちもちの食感が咀嚼に対して抵抗しているのではないか、と錯覚してしまうほど、咀嚼後に程よいもちもち度を感じてしまっている。

 その食感を求めて、次から次へと麺が口へ運ばれる。

 もちもちの虜になってしまったのである。



 ――ズルズルッ、ズルッ!!



(つるつるでもちもち。コシもある。長さも太さも縮れ具合も完璧すぎる。それでいてスープがよく絡んでいる。麺だけを掴んだつもりが豚挽肉とネギも一緒に口の中へと入ってくる。ふっ、潜入せんにゅうが上手な豚挽肉とネギだ。麺のもちもち感を邪魔することなく、豚挽肉の旨辛さが口の中へ広がったな。何度かに一度感じるネギの食感、これがあるからこそ麺に飽きがこない。いつまでも食べれるのではないかと錯覚してしまう。いや、錯覚なんかじゃない。こんなに美味い担々麺ならいつまでも食べれてしまうぞ!)



 ――ズルズルッ、ズルズルッ!!



 火傷するかしないかギリギリの温度。その温度に麺を冷ましてからすする。

 この火傷するかしないかギリギリの温度こそが、もっとも担々麺を美味しく食べられる温度だ。

 だから勇者ユークリフォンスの手は止まらない。止まるはずがない。今が最も美味しい温度を叩き出すのに最適なタイミングなのだから。


 じっとしていられなくなった左手がレンゲを掴んでいた。

 レンゲでスープをすくい、その中に麺を投入。豚挽肉も、小さく切った青梗菜も、白髪ネギも。

 そうすることによってレンゲの中で一口サイズの幸福が――小さな担々麺が完成するのである。



 ――パクッ。



 この一口サイズの担々麺は、先ほどまで口内へと運んでいた食べ物と同じ食べ物とは思えないほどの幸福感を与えた。

 100点満点の評価を120点へ――否、200点へと引き上げたのだ。


 右手に箸、左手にレンゲ。

 これは担々麺を食べるときの正しい所作だ。

 それを勇者がやることによって、剣と盾を武装して戦いに挑む姿にも彷彿とさせている。

 それだけの気迫と圧力がこの空間にかかっているのだ。つまり勇者ユークリフォンスは、命懸けの戦闘と同等の気持ちでこの食事に挑んでいるのである。



 ――スーッ、ズルズルッ、ズルッ、スーッ!!!



「――むぁほおぅむほほん!」

「な、なんじゃ?」

「むぁほおぅむほほん! このたんふぁんれんにっひったいらにをひたっ!? らひをひれらんだっ――!!」

「えーっと、なんじゃって? 『魔王マカロン! この担々麺に一体何を入れた!? 何を入れたんだ!!』で合ってるかのぉ?」


 魔王マカロンは普段の勇者ユークリフォンスの声真似をしながら言った。

 それに対して担々麺を頬張り続ける勇者ユークリフォンスはうんうん、と何度も頷く。

 どうやら一言一句間違っていないようだ。


「こんなにも喜んでくれるとはのぉ。妾も何だか嬉しくなってきたぞ!」

「ひいからおひえへくれ!」


 良いから教えてくれ、と彼は言っている。何を入れたのか一刻も早く知りたいのだ。


「言葉は通じておるが、ちゃんと飲み込んでから喋ってくれんか?」


 魔王マカロンの言葉に勇者ユークリフォンスは口内にあるものを全て飲み込んだ。



 ――もぐもぐ、ごっくんッ。



「教えてくれ。何を入れたんだ。どんな隠し味を! どんな調理方法でこの〝究極の担々麺〟を――〝の究極の担々麺〟を完成させたんだ!?  昨日と見た目は同じなのに、別物の味だぞ! 教えてくれ! 魔王マカロン! 何をどうして〝の究極の担々麺〟を作ることに成功したんだ?」


 いつの間にか空になっていた丼鉢。それを横に置いて、勇者ユークリフォンスは魔王マカロンに迫っていく。


「ちょ、熱くなりすぎじゃぞ。落ち着くんじゃ。汗もかいておるし、鼻息も荒いぞ……」

「この汗は担々麺の辛さによってかいた汗だ。冷静さを失ってかいてしまっている汗ではない。それに鼻息が荒いのは、魔王マカロンが――キミが作った担々麺があまりにも美味しすぎたせいだ! ふんぐごー!!」

「妾からしたら冷静さを失っている子豚のようにしか見えんがな……まあ、悪い気はせんからよしとしようかのぉ。ふふふっ」


 勇者ユークリフォンスの言葉が嬉しくて思わず笑みを溢す魔王マカロン。

 そんな彼女とは裏腹に何かに、取り憑かれたかのように熱くなっているのが勇者ユークリフォンスだ。


「いいから答えろ! 魔王マカロン! 担々麺に何を入れた!? 何を入れたらこんなに美味しくなるんだよ!」


 勇者ユークリフォンスは、すごい勢いで魔王マカロンを壁際にまで追い込んだ。

 それは世界大戦で死闘を繰り広げていた時以上の勢いだ。それだけ彼は本気なのである。

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