009:魔王と勇者、二人の偽名を考えよう
「変装と偽名か……。キミなら名案が出ると期待したんだが、案外普通だな。それに一番最初に浮かびそうな案だし……」
ちょっとだけがっかりした様子の勇者ユークリフォンス。
魔王マカロン魔王があるゆえに過大評価しすぎたのである。
「う、うるさいのぉ!」
「でもそれ以外の案がないのも確かだ」
「そ、そうじゃろ。それでじゃ、変装は妾の得意分野じゃ。魔法でどうにでもなる。絶対にバレない自信だってあるのぉ」
「そういえば村に何年も潜伏していたよな」
「ふふっ、昔の話じゃよ」
実際に魔王マカロンの変装を暴いたものは、過去に一人としていない。
その経験が魔王マカロンの自信へと繋がっているのだ。
「そ、それでじゃ、問題はここからじゃよ……」
魔王マカロンはくねくねと身体をくねらせ、頬を朱色に染めながら言う。
「わ、妾たちは、その……出会って十二年くらい経つじゃろ? そろそろ勇者ユークリフォンスとか魔王マカロンとかの呼び方以外の呼び方で呼んでも、そのー、い、いいのではないかと思ってのぉ……。ほ、本当はそのままユークリフォンスと呼びたいし、マカロンと呼んでもらいたい。じゃが、それだといくら変装に自信があったとしても名前だけでバレてしまう可能性が出てしまうからのぉ……」
「なるほど。そのための偽名か! 魔王はもうこの世に存在しない者。勇者は絶賛隠居生活中で行方を眩ましている者。確かに偽名は必要だな」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
実際のところ魔王マカロンは、ただただ勇者ユークリフォンスを〝特別な呼び名〟で呼び合いたいだけの私利私欲のために言っている。
それをあたかも担々麺専門店を営むために必要だと、ほのめかしているのだ。
これも全て勇者ユークリフォンスへの愛を隠すため。バレバレの愛を誤魔化すための苦し紛れの策なのである。
そんな彼女と同じ考えの者がもう一人いる。
当然の如くその人物は勇者ユークリフォンスだ。
あたかも魔王マカロンの意見に従っているように思える言葉運びだが、彼も私利私欲に正直だ。
特別な呼び名で呼び合える千載一遇のチャンスを逃したくない、ただそれだけのために首を縦に振っているのである。
「そ、それじゃ早速、これからのお互いの呼び名を、使っていく偽名を考えようとしようではないか! ふふっ」
「そ、そうだな! よしっ! 決めよう! 特別な偽名を! ふふっ」
あまりの嬉しさに二人はニヤニヤと笑顔を溢し続ける。
いくら隠そうとしてもニヤけてしまう正直な顔だ。
かくして二人は〝二人だけの特別な呼び名〟を考え始めた。
真っ先に意見が出たのは勇者ユークリフォンスの方だった。
「キミは天使みたいに可愛いから、天使にちなんだ名前なんてどうだ? この世界の天使の名前でも良いし、元の世界の天使の名前でもいい。とにかく天使みたいに可愛いキミにぴったりだと思うんだけど、どう?」
「て、天使みたいに可愛いじゃと!? て、照れるのぉ」
頬に手を当てて照れまくる魔王マカロン。先ほどから身体はくねくねと動きっぱなしだ。
「じゃ、じゃが……妾は悪魔族じゃ。偽名だからと言っても天使の名前を使うのはちょっとのぉ……生理的に合わないと言うか、なんと言うか……むず痒くなるんじゃ」
「そ、そうか。キミが嫌なら仕方がない。今後呼び合う大事な名前だからな。別のを考えるとするよ」
「すまぬのぉ」
勇者ユークリフォンスは腕を組みながら考え始めた。
時間がかかるかと思われたが、腕を組んでから僅か五秒ほどで彼の口が開く。
「う〜ん。そうだな。それじゃ食べ物とかはどうだ? 食べ物にも可愛い名前があるだろ? プリンとかパフェとか。キミの好きな食べ物とか、どうかな?」
「好きな食べ物か〜、担々麺じゃな」
「だ、だよな……俺も担々麺だ」
二人とも好きな食べ物を思い浮かべると真っ先に脳裏に浮かぶのが担々麺である。
担々麺専門店で営む際の呼び名が『タンタンメン』になってしまった場合、ややこしくて仕方がない。
ややこしくて仕方がないので即却下となった。
「それにプリントかパフェからマカロンを連想する奴も現れるかもしれんぞ? デザートやお菓子系の名前もダメじゃ」
「それもそうだよな。それじゃ具材とかはどうだ?」
「それもややこしいじゃろ。『ネギ、豚挽肉はどこ?』みたいな会話の時にネギと豚挽肉を探してしまうぞ? ちなみにネギが名前になった場合の話じゃ」
「だよな。ややこしすぎる。いっそのこと本名で呼び合うのはどうだ? 『別人です』って言って押し通したり『ファンだから名前を勝手に使ってるんです』とかって言えば案外いけるんじゃないか?」
「ダメじゃろ。どんな力技じゃよ。怪しい点が少しでもあると親しい者であった場合、いくら妾の変装魔法が優れていても勘付かれてしまうぞ。そもそも妾たち魔王と勇者が一緒にいる時点でおかしいのじゃから、慎重にいかなきゃダメじゃ。でもまあ、おぬしがどうしてもと言うのなら、その本名というか……愛称とかそういうので呼んでも良いとは思うがのぉ」
本心では愛称で呼び合いたいと思っている魔王マカロンだった。
「簡単に愛称を考えるとなると『ちゃん』とか『っち』とか『にゃん』とか付けたりだよな。その場合キミは――」
「い、言うな! 言うな! 恥ずかしい!」
「いや、言わなきゃどれが良いかわからないだろ」
「いいんじゃよ! 言わないでくれ! 恥ずかしさと嬉しさのあまり死んでしまうわ! 胸がきゅんきゅんして死んでしまうわ! キュン死じゃ! キュン死!」
「そのセリフが恥ずかしいとは思わないのか?」
「ぬぉぉぉおー!!! 妾の口はー! 妾の口はなんでいつもこうなのじゃー!」
魔王マカロンは恥ずかしさのあまり悶える。
真っ赤に染まった顔を手で隠しながら床をごろごろと転がった。
「と、とにかく無理じゃ。言うのも言われるのも恥ずかしくて無理じゃー」
「慣れればなんとかなるだろ」
「妾がおぬしのことをどれだけ好きじゃと思ってるんじゃ! 慣れるわけがなかろう! って、また妾の口はー!!!」
魔王マカロンは先ほど以上に激しく床を転がり悶え続けた。
「それじゃキミはどんな名前がいいんだよ。さっきから俺ばかりが考えてるぞ。もういっそのこと女店主とか女店長とかで……」
「あっ、それは萎えるからダメじゃ」
冷静に答える魔王マカロン。
先ほどまで悶え苦しんでいたとは思えないほど、冷たい表情を浮かべていた。
「情緒どうなってるんだよ。で、なんかアイディアはあるのか?」
「ある! 名前ももう決めてあるのじゃ!」
魔王マカロンは堂々と、そして自信満々に答えた。
それがあまりにも自信に満ち溢れていたため、勇者ユークリフォンスは不安に駆られた。
「一応聞こう。俺の名前を」
「そ、その……お、おぬし……おぬしの名前は……名前はじゃな……ゆ……ゆ、ゆゆゆゆーくんじゃ」
「ゆゆゆゆーくん?」
「ゆは一回だけじゃ!」
魔王マカロンがすでに決めていた勇者ユークリフォンスの偽名は『ゆーくん』だ。
「ゆーくんか。それはどういうアイディアで? まさか勇者の『ゆ』とかユークリフォンスの『ユ』から取ったわけじゃないよな?」
「な、なぜわかった? おぬし妾の思考を読んだのか!? えっちじゃ! えっちじゃ! この変態め!」
魔王マカロンは涙目になりながら、なぜか小胸を隠した。
「へ、変態とはなんだ! 誰でも想像つくだろそんなの! それに本名をストレートに言ってないとしても本名の頭文字を使うのって危なくないか? それに勇者の頭文字でもあるぞ。鋭いやつだったらすぐに気付くぞ!?」
「ダメかのぉ……」
「だ、ダメじゃ……ない……」
涙目と上目遣いのダブルパンチに勇者ユークリフォンスは、自分の意思をすぐに曲げてしまう。
つまり魔王マカロンの可愛さに一発KOしてしまっているのだ。
「やったのじゃ! やったのじゃー!」
「こ、この小悪魔め。可愛すぎるだろ……」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ魔王マカロンを見ながら、勇者ユークリフォンスは悔しそうな表情を浮かべた。
「それじゃキミのことは……その、えーっと……ま、まままま……」
いざ口にしようとすると緊張と羞恥心に心が支配されてしまうもの。
勇者ユークリフォンスの顔は真っ赤に染まっていくだけで、なかなか名前を口に出せずにいた。
それをからかうのが小悪魔な魔王マカロンだ。
「なんじゃ? もしかして恥ずかしいのか? 妾は言えたぞ。おぬしは言えんのか? ん? どうなんじゃ?」
「くっ……で、でもキミだってゆゆゆゆって噛みまくりだっただろ」
「れ、
「練習してたのか!」
「ぬぐっ! く、口が滑った! じゃなくて、練習などしておらん!」
「今、口が滑ったって言ったよな」
「ええーい! 妾のことはどうでもいいのじゃよ! 今はおぬしが妾のことを呼ぶ番じゃ! 早く呼ぶのじゃ!」
勇者ユークリフォンスが魔王マカロンの名前を呼ばない限り、この小さな争いは終わらないのだと、彼は悟る。
ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせようとするが、うまくいかない。
鋼のような精神力を持つ勇者ですら、好きな人の前だと男の子に戻ってしまうのだ。
それでも彼女からの求めてくる視線に応えるべく、勇者ユークリフォンスは勇気を振り絞る。
「ま……ま、ままま……まーちゃん……こ、これでいいか?」
「う、うぬ」
照れる二人。なんとも言えない空気が二人を――魔王城を包み込んだ。
「こ、これで偽名が決まったのぉ」
「偽名と言うよりは、愛称だがな。しかも本名の頭文字を取った愛称。って、そっちも魔王の『ま』でもあるじゃんか。この偽名で大丈夫なのか?」
「細かいことは気にするな。これからはこの偽名で呼び合うぞ。いいな?」
「お、おう。まあ、なんとかなるだろう……」
こうして二人の偽名と称した愛称が決定した。
魔王マカロンは『まーちゃん』、勇者ユークリフォンスは『ゆーくん』と呼ばれることになったのだった。
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