012:エルバームの評価はいかに、常連客獲得の瞬間

 〝地獄の激辛担々麺〟を完食した店潰しの美食家エルバームに呼ばれた二人は、緊張した面持ちのまま厨房を出た。


「お、俺がその担々麺を作った者だが……な、何かございましたでしょうか?」

「わ、妾まで呼んでどうしたんじゃ? やっぱり口に合わんかったのか?」

「ハッキリと言わせてもらうけれど……」


 そのエルバームの言葉と圧に魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは息を飲んだ。


「あなたたちの料理は合格よ。何百年と生きてきた私だけれど、今まで食べたどの料理よりも美味しかったわ。この世界には存在しない絶品グルメかと思わせるくらいにね。ちょっぴり口の中がひりひりする刺激もあるのだけれど、これも料理がもたらす幸福。美しい花には棘がある。美味しい料理には刺激がある。そんな理論ね。うふふっ。こんな気持ちになったのは生まれて初めてよ。美味しい担々麺を……〝地獄の激辛担々麺〟をありがとう」


 大絶賛も大絶賛。エルバームは妖艶な笑顔から真剣な表情へと変わり感謝の気持ちを告げた。

 担々麺が評価されたことが嬉しすぎたのだろう。魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは抱き合いながら、ウサギのようにぴょんぴょんとその場で跳ねて喜びを分かち合った。

 けれどそれの喜びは一瞬だけ。この後のエルバームの言葉に驚愕きょうがく落胆らくたんを味わうこととなる。

 その言葉とは――


「でもね……残念だけれど、この店を宣伝することはできないわ」

「は……?」「へ……?」


 魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの口から情けない声が思わず溢れ、そして重なった。


「な、何でじゃ!? 美味しい美味しいと、たった今絶賛しておったろ――!」

「そ、そうだ! そうだ! 意味がわからんぞ――!」


 黙っていられない二人は反論を始めた。

 それに対してエルバームは首と薄緑色の髪を横に振リながら、子供にささやくかのような優しい声で応える。


「……だからよ。だから宣伝はできないわ。こんなに美味しい料理、素敵な店主の二人、客のことを一番に考えた店内、素晴らしすぎて誰にも教えたくないのよ」


 美味しすぎるが故に、誰にも情報を共有したくないのである。

 そんな理不尽とも正論とも捉えられる理由を聞いた魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは、膝から崩れ落ちた。


「そ、そんな……」

「店潰しの美食家が認めたお店なら、大大大行列ができるかと思ったのじゃが……」


 両手を床に付けて落胆の声を上げる二人。二人とも体勢が全く一緒だ。

 そんな二人の肩をエルフが優しく叩いた。


「でも安心して。経営に困らないように支援金を渡そうと思っているわ。気に入ったお店が潰れてしまうのは本末転倒ですものね。それでいくらくらい必要かしら? いくらでもいいわよ。私、長生きしているだけあってお金は結構持っているのよ。うふふっ」


 宣伝しない代わりに支援金を用意する。かなっていると言えば理に適っている。

 ましてや宣伝よりも支援金をもらった方が良い可能性だってある。

 これで落胆する二人をなぐさめることができ、さらに経営を助けることができる、とエルバームは確信しているのだ。

 長寿命のエルフだからこそ、お金で解決した経験がたくさんあるのだろう。


「いや、支援金とかそういうのは結構です」

「そうじゃ、支援金など微塵もいらん」


 長寿命だからこそ新たな経験をするのもまた事実。

 先ほど食べた地獄の激辛担々麺を『生まれて初めて食べた』と評価したように、二人の反応にも初めての経験をすることになる。


「し、支援金を断ると言うの? いくらでもいいのよ? いくらでも! いくらでもいいのよ――!!」


 エルバームは支援金を断られたことに対して困惑と驚きが混ざり合ってしまい、その反動で声を荒げてしまった。


「い、いりませんよ、支援金なんて。食べた代金だけ支払ってもらえればそれで結構ですよ」

「ゆーくんの言う通りじゃ。妾たちの店はそれだけで十分なのじゃよ」

「なんというプライドの高さ、なんという本気と覚悟! お、恐れ入ったわ。どうやら私は根本的なところから勘違いしていたようね。私なんかの支援なんて必要ない。あなたたちは必ずこの業界で成功できる。その器の持ち主よ」

「あっ、いやプライドとか覚悟とかではなくて……」

「本気は本気なんじゃが、そういうのではなくてな……」


 口ごもる二人――

 自分たちが魔王と勇者だという真実を話せないが故に口籠ってしまったのだ。

 その真実を明かせない以上、口籠るしか術がない。


 二人がお金に頓着とんちゃくしないのは巨額の富を所持しているからだ。

 働かずとも五世代くらいは裕福な暮らしを送れるほどの巨額の富だ

 そんな巨額の富を所持しているのだから、支援金など不要なのである。


 なぜ二人が巨額の富を所持しているのか?

 それは言うまでもない。二人は魔王と勇者だから。ただそれだけだ。


「あなたたちの本気は伝わったわ。余計なお節介本当にごめんなさい」

「支援金よりも宣伝してほしいのじゃが?」

「いいえ。私は宣伝しないわ。大行列になってしまったら気軽に食べに来れないじゃない。だから宣伝はできない。ごめんなさい」


 こうべを垂れて謝罪するエルバーム。

 床に崩れ落ちている魔王マカロンと勇者ユークリフォンスよりも頭の位置は低い。

 土下座とまでいかないがそれに近い体勢だ。


 こうなってしまえば、いつまでも落ち込んでなどはいられない。

 気持ちを切り替えて前に進み、解決へと向かわなければいけない。


「その意思だけは揺るがんのか。まあ良いのじゃ。大絶賛じゃったしな。その代わり妾たちの担々麺をたくさん食べにきて欲しいのじゃ。まだまだ種類はたくさんあるからのぉ。それこそトマト担々麺とかバジリコ担々麺とか。山の幸や野菜をたっぷりと使っておるが、新たな発見があるかも知れんぞ?」

「辛いのが好きだったらカレー担々麺もおすすめですよ。スパイスは厳選したものだけを使用していますからね。それと今の〝地獄の激辛担々麺〟は序章にすぎないですよ? これ以上の辛さを提供できたりもできます。まあ、もっと辛くするんだったら自分の体調と相談しながらになるとは思いますけど」

「それと他の担々麺も好みの辛さに調整できるのじゃよ。〝地獄の激辛担々麺〟よりも好きな味が見つかるかもしれんぞ?」


 あれよこれよと勧める魔王マカロンと勇者ユークリフォンスにエルバームは自然と笑みを溢す。

 もうここは戦場でも何でもない。楽しい食事の場――否、楽しいの場だ。


「うふふっ。そうね。たくさん食べに来るわ。全種類制覇してみたいわね」

「全種類制覇か。面白いのぉ。スタンプカードとか作るのもありじゃな」

「そうだな。種類ごとにスタンプを押して全部貯まったら景品と交換、もしくは1杯無料とかな」

「すたんぷかあど?」


 スタンプカードというこの世界では聞き慣れない言葉にエルバームは困惑の色を浮かべる。


「あっ、いや、こっちの話です。気にしないでください」

「そうじゃそうじゃ。おぬしの来店楽しみに待っておるぞ」

「ええ。近くに立ち寄った際、必ずここへ来るわ。そのすたんぷかあどというのも気になるしね」


 こうして〝地獄の激辛担々麺〟は、店潰しの美食家エルバームの舌を唸らせ胃袋を掴むことに成功した。

 それからは担々麺についての談笑が何分も続いた。永遠と思われる時間だったが、その時間にも終わりは訪れる。


「ご来店ありがとうございました」「ご来店ありがとうございましたなのじゃ」


 二人の声が重なる。

 その声に背中を押されたエルバームは店を後にした。


(次はバジリコ担々麺かトマト担々麺かしら。カレー担々麺も気になるわ。それともまた〝地獄の激辛担々麺〟にしようかしら? うふふっ、長生きも悪くないわね。楽しみが増えたわ)


 〝地獄の激辛担々麺〟は店のピンチを救うのと同時に、常連客を獲得したのだった。

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