020:冷蔵庫の中の宝石、冷涼の冷やし担々麺

「美味い――!!!」「美味いッス――!!!」


 盗賊団の二人――盗賊頭のロド・ブリガンと下っ端盗賊のウボ・バンディーの声が重なった。



 ――ズルズルズルッ、もぐもぐもぐッ!!!



 麺をすする音、咀嚼音までもが重なる二人。

 そんな二人の視線がぶつかり合った。

 その表情は互いに驚きの色一つだけを浮かべている。

 奇跡的に声や咀嚼音が重なったから驚いているわけではない。

 それ以前の事に対して衝撃を受け、心を奪われてしまい驚いているのだ。



 ――ズーッ、ズルズルッ、もぐもぐッ!!!



 そう。二人の心が奪われ、一つの感情に――驚きに支配されてしまっているのは、今夢中になって食べている〝冷涼の冷やし担々麺〟に原因がある。

 盗みを働いていたことすらも忘れてしまうほど、空腹を満たすためだけの食事であることすらも忘れてしまうほど、二人は食べることに――〝冷涼の冷やし担々麺〟に夢中になっていたのだ。

 その証拠に、売買してしまえば家族共々一生食べることに困らない、と説明されたばかりの勇者ユークリフォンスの聖剣は冷蔵庫から倒れてしまい、厨房の床に投げ捨てられたかのような状態になっている。


 二人が食べている冷蔵庫の中でキンキンに冷えた〝冷涼の冷やし担々麺〟は、縮れ麺に冷やし担々麺用に開発されたゴマダレがかけられており、その周りに旨辛の豚挽肉、青梗菜チンゲンサイ、シャキシャキの白髪ネギ、糸唐辛子、水菜、トマト、ゆで卵が――色鮮やかな具材が飾られている。

 冷やし中華のようにも見えてそうではない、芸術作品のような逸品である。


「もっと! もっとだ――!!!」

「お、俺ももっとッス――!!!」


 食べても食べても冷蔵庫内にずらりと並ぶ〝冷涼の冷やし担々麺〟の数が減らない。そう錯覚してしまうほどの量が冷蔵庫内に眠っているのである。

 これも〝冷涼の冷やし担々麺〟を詳細に分析と計算し改良し続けている魔王マカロンと勇者ユークリフォンスだからこそ、生み出された産物――失敗作にするのは惜しい試作品の〝冷涼の冷やし担々麺〟たちなのである。

 と言っても冷蔵庫内に大量に並ぶ〝冷涼の冷やし担々麺〟は、ほぼ完成に近いものばかりだ。

 微調整に微調整を加え納得がいくまでやった結果、ここまでの数になってしまったわけである。

 ほぼ完成品だからこそ盗賊団の二人の舌を唸らせることができているのである。決して二人が馬鹿舌だから唸っているわけではない。

 美味しいのだ。究極に、そして最強に。〝冷涼の冷やし担々麺〟が美味すぎるのだ。



 ――ズーッ、ズルズルッ、もぐッ、ズルズルッ、もぐもぐッ!!!



「冷たいのに何でこんなに美味しいんだ!? 麺なんてもちもちしてるぞ! ネギとか水菜とか野菜系はみんなシャッキシャッキだ! もちもち食感にシャキシャキ食感、食べててなんか楽しいぞ! そして何より美味しい! こんな美味しい食べ物は初めてだ――!!!」

「胡麻風味のタレは、しょっぱさと酸っぱさとちょっとだけ辛いのが絶妙に良いバランスッスよね! この麺がくねくねってなってるせいなのか、タレとよく絡んでいて、ん〜、もう、たまらないッス! 最高ッス! 美味すぎるッス――!!!」

「トマトとゆで卵に至っては、この中でも存在感を異様に放っているというのに、いざ食べてみれば丁度良い。トマトはさっぱりするし、茹で卵は甘味とコクがこれまた美味しい! こんなに美味しくて味の変化も楽しめるんだったら無限に食べれるぞ!」



 ――ズーッ、もぐもぐッ、ズルズルッ、もぐもぐッ!!!



「お、俺、トマトとこの緑色のやつとか嫌いなんッスけど、でもこの胡麻風味のタレと一緒だったら食べれるッスよ! こんなところで嫌いな食べ物を克服するとは思わなかったッスよ! トマトも緑色のやつも本当に美味しいッス!」

「この豚挽肉って本来は温かいはずだろ? こんなに冷たくなってるってのに何で美味しいんだ? 噛んだ瞬間に肉の旨辛さ、ジューシーさ、香りが口の中いっぱいに広がりやがる! 冷やした事によって旨味が凝縮されているという事なのか? 何という技術だ……。この店の店主は相当計算して、微調整を繰り返してこの料理を、タンタンメンという料理を完成させたに違いない」

「技術とかそんな難しい事考えないでくださいッスよ! 美味しいものは美味しい、それでいいじゃないッスか! あっ、かしらも三杯目いきますッスか?」

「もちろんだ! 無限に食べれるからな、四杯目もここに置いといてくれ」

「ういッス!!」


 盗賊団の二人はそれぞれ三杯目の〝冷涼の冷やし担々麺〟に手を伸ばした。

 二人合わせてこれで六杯目だ。

 ようやく冷蔵庫にも程よいスペースができてきた頃だが、それでもまだまだ〝冷涼の冷やし担々麺〟はある。

 腹を空かした大きなネズミであっても、この量の〝冷涼の冷やし担々麺〟を朝までに食べ切るのは不可能だろう。

 しかしそれが可能だと思わせるほどのペースで食事が進められている。

 飽きることも満腹で手を止めることも一切ない。

 それだけ〝冷涼の冷やし担々麺〟が美味しいのだ――美味しすぎるのだ。


 盗賊団の二人の食べっぷりを見たら魔王マカロンと勇者ユークリフォンスはさぞ喜ぶだろう。

 魔勇家まゆうや潜入せんにゅうしたことや、聖剣を盗もうとしたことを許して追加で〝冷涼の冷やし担々麺〟を提供するかもしれない。

 それだけ盗賊団の二人は美味しそうに食べているのだ。



 ――ズーッ、ズルズルズルッ!!!



「美味い――!!!」



 ――ズッズルズルッ、もぐもぐッ!!!



「美味しいッス――!!!」



 ――もぐッ、ズルズルッ、もぐもぐッ!!!



「美味すぎる――!!!」



 ――もぐッ、もぐもぐッ、もぐッ!!!



「美味しすぎるッス――!!!」



 ――ズーッ、ズルズルッ、もぐもぐッ!!!



「美味いな!」

「美味いッス!」

「美味すぎるよな!」

「美味すぎるッス!」


 語彙力を失い『美味い』しか発せられなくなった二人は、無我夢中に〝冷涼の冷やし担々麺〟を食べ続けた。

 時間を忘れ、目的を忘れ、心も体も〝冷涼の冷やし担々麺〟に支配されて。

 三杯目、四杯目、五杯目、もう数えるのが億劫おっくうになる程に〝冷涼の冷やし担々麺〟をからにし続けたのだった。


 そんな二人の手を――食欲を止めたのは、同じ三大欲求の一つ〝睡眠欲求〟だった。

 満腹中枢が限界を超えたあたりから彼らの脳は危険信号を発信していた。

 しかしそれでも止まる様子のない食欲に身体は睡眠欲で対抗したのである。

 満腹というのも相まって二人はすぐに夢の世界へと落ちていく。

 二人はからになった平らの丼鉢どんぶりばちを抱きながら、大きないびきをかく。

 幸せそうな寝顔のまま朝を迎えるのだった。


「うまい……な……」

「うま、い、ッス……」


 夢の中でも〝冷涼の冷やし担々麺〟を食べ続けるほど重症だった。

 だからこその幸せそうな寝顔なのかも知れない。

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