021:拘束される盗賊団、最後の願いとは

「な、何じゃこれはー!!!!!」


 魔王マカロンの叫び声が朝一番に城を揺らすほど響いた。

 己が営む料理屋の厨房で、見知らぬ男二人が眠り落ちている。そんな状況に出会でくわしたら、誰でも思わず叫んでしまうだろう。

 そして叫んでしまったことをすぐに後悔する事になる。


「……ん、なんッスか、かしら、うるさいッスよ。今美味しくいただいてたところだったッスのに」

「うるさいのはお前だろ……食事中は黙ってろよ!」


 魔王マカロンの叫び声が原因で盗賊団の二人――盗賊頭のロド・ブリガンと下っ端盗賊のウボ・バンディーの意識が覚醒してしまったのだ。

 意識の覚醒と共に目蓋まぶたこすり、明るくなった世界に合わせるように瞳孔が動く。


 瞳に映った光景を理解するのには、少しだけ時間がかかっていた。

 寝起きだからではない。思考回路が〝冷涼の冷やし担々麺〟に犯されていたからだ。

 正常な判断ができたと実感した時にはすでに遅かった。

 あっ、という情けない声がれたかと思えば、魔王マカロンの闇属性魔法によって出現した闇の鎖に拘束こうそくされたのである。


「か、かしら! やばいッス! やばいッスよ! 捕まったッス!」

「くそッ! 黙ってろ! 今脱出の方法を……」

「無駄じゃよ。おぬしらの魔力量じゃ、この拘束は解けん」


 魔王マカロンは手のひらをかざした。すると盗賊団の二人を拘束している闇の鎖が今以上にきつく結ばれた。

 二人の体からはギシギシ、と軋む音が鳴る。

 そのまま闇の鎖に自由を奪われ、壁際に飛ばされていった。


「そこで大人しく待っておるのじゃ。ここは妾だけの場所じゃないからのぉ。おぬしらの処罰しょばつはゆーくんが来てから考えるとしよう。それにしても派手に荒らしおって。冷蔵庫の中が空になっておるではないか」


 あれだけあった〝冷涼の冷やし担々麺〟は一杯も残っていなかった。


「朝飯にと思っていたが……あれだけの量を二人で食べたのか? いや、他に仲間がいておぬしらは哀れにも置いてかれたとかか?」

「お、俺たちは二人だ! 他に仲間なんていねー! そ、それに冷蔵庫の中にあったタンタンメンっていう美味しい料理は、俺たち二人で食べた。あの量だ。さすがに信じられないと思うが事実だ! 俺たち二人でタンタンメンってやつを食べた!」

「何を堂々と犯行を自白しておるんじゃ」


 魔王マカロンは呆れたと言わんばかりの大きなため息を吐いた。


「これだけの魔法を扱えるんだ。何をしてくるか知ったもんじゃないからな。拷問される前に真実を話して罪を軽くしようって作戦だ」

「作戦までバラすとは正直者じゃのぉ。それともただの馬鹿か?」

「だから頼む! 全部正直に話す! だからバンディーこいつだけは、バンディーこいつだけは見逃してくれ! バンディーこいつは俺の指示に従っただけだ! 罰なら俺が一人で全部受ける! だから頼む! バンディーこいつだけは見逃してくれ!!!」


 ブリガンは拘束されながらも、必死にこうべを垂れた。

 そして額を床に擦り付けてまで懇願している。


「か、かしら! そ、そんなのダメッスよ! 俺も一緒に罰を受けるッス! 死ぬときは一緒って決めたじゃないッスか!」

「……くっ、お前にそんなことまで言わせちまうとはな。全く情けないかしらだ。俺ってやつは……」

かしらかしらッス! 情けなくなんかないッスよ! 俺をかばってくれたかしらはかっこいいッスよ!」

「ありがとうよ。泣かせてくれるじゃねーか」

かしらぁああー!!」


 二人は拘束されながらも抱き合うかのように体を寄せ合った。

 二人の友情と絆がさらに深まった瞬間だ。


「話を勝手に進めるでない。ゆーくんが来てからおぬしらの処罰を決めると言っておるじゃろ。もうそろそろ来るから大人しく待っておれ」


 その言葉を残して魔王マカロンはこの場から離れた。

 その余裕の態度から、己が発動した闇属性魔法――闇の鎖に絶対的自信を持っているのが見て取れる。

 もしくは盗賊団の力量からただ単に余裕だと判断しただけかも知れない。

 どちらにしても魔王マカロンは盗賊団を簡単に拘束する力を持っており、拘束するだけで監視などはしなかったのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔王マカロンが厨房から離れてからおよそ一時間後。

 慌てながら厨房へと――拘束されている盗賊団の元へと向かう足音が一つ。

 その足音はいかにも急いでいる慌ただしい足音だった。


「な、何だこれはー!!!!!」


 城を揺らすほどの叫びは本日二度目である。

 叫んだのは慌ただしい足音を鳴らしながらやってきた勇者ユークリフォンスだ。

 魔王マカロンから話を聞いて一目散に厨房へと向かったのである。

 そのせいで盗賊団の二人は、あることに衝撃を受けていた。


「え!? ゆ、勇者――!?」「ゆ、勇者ッスか――!?」


 盗賊団の二人の声が重なった。

 その重なる声にようやく自分の失態に気付くのが勇者ユークリフォンスだ。


(あっ、やばい。まーちゃんに変装魔法をかけてもらうのを忘れていた。格好も仕事着じゃねーし、完全にバレたぞこれ! どうする? どうする――?)


 盗賊団の二人が魔王マカロンを魔王だと認識しなかったのは、魔王マカロンに変装魔法がかかっていたからだ。

 魔王マカロンは城を揺らすほどの叫び声を上げた直後、瞬時に変装魔法を己にかけ、それと同時に拘束するための闇の鎖も発動していたのである。

 だから魔王マカロンは魔王だと認識されなかったのだ。


 そして今の勇者ユークリフォンスには変装魔法がかかっていない。魔王マカロンが変装魔法をかけるよりも先に一目散に厨房へ――盗賊団の元と向かってしまったからである。


 行方ゆくえくらましている勇者ユークリフォンスが元魔王城で料理屋を営んでいると世間に知られたら大問題。

 料理屋の経営が困難におちいるでだけではなく、生活までもがおびやかされてしまう。

 だからこそ勇者ユークリフォンスは唇を尖らせ、目を細め、鼻の穴を広げて、裏声で口を開いた。


「アッ、チガイマスネ〜。ワタシハタダノニンゲンゾクネ。ヒトチガイデスネ」


 苦し紛れに取った行動だ。

 裏声だけでは自信がなかったのか、独特なカタコトで喋っている。


「だ、だよな。勇者がこんなところにいるわけないよな。料理屋になってるけどここは元々魔王城だしな」

「なんッスか。人違いッスか。吃驚びっくりしたッスよ〜」


 苦し紛れに吐いた嘘が、信じてもらえるはずがない嘘が、なぜか上手くいった。

 その様子に勇者ユークリフォンスは自分でも信じられないと言った表情を浮かべた。

 おかげで尖らせていた口はぽかーんと開き、呆気に取られていた。


「ギ、ギリギリ間に合ったようじゃな」


 苦し紛れに吐いた嘘が信じてもらえた理由は、彼に追いついた魔王マカロンが変装魔法をかけてくれたからである。

 ギリギリ間に合っていないようにも思えるが、変装魔法のおかげで人違いや見間違みまちがいの類として片付けられる出来事へと化したのである。

 さらには、勇者ユークリフォンスが元魔王城にいるはずがないという先入観もあった。

 嘘を突き通すのに十分な材料が揃っていたのだ。

 しかし盗賊団たちには一つだけ懸念が残っていた。それは聖剣だ。


「でもかしら! この聖剣は本物ッスよね? だったら目の前のこいつ……この人はやっぱり勇者の可能性があるんじゃないッスか?」


 バンディーが懸念点を口にした。

 その懸念を魔王マカロンと勇者ユークリフォンスが払拭ふっしょく払拭するよりも先にブリガン自らが払拭する。


「いや、そこに落ちてる聖剣はレプリカだろう。羽根みたいに軽いってことは、中身がスカスカってことだ。そんな剣じゃ魔獣の骨を斬ることなんてできやしねーよ。それに俺わかったんだ」

「何がわかったんッスか?」

「見た目とか雰囲気が一瞬だけ勇者だって感じただろ? それに聖剣のレプリカ……この二つの点を結びつけると……」

「結びつけると?」

「目の前の兄ちゃんは、勇者のファンだってことがな!」


勘違いも勘違い。しかしこの勘違いに乗じない手はない、と勇者ユークリフォンス考え、高らかに笑った。


「ハッハッハッハッ!! よ、よくぞ俺が勇者のファンだってことに気付いたな! そ、それにその聖剣もレプリカだってよく気付いたな! さすが悪名高き盗賊団だ! ハッハッハッハッ――!!」


 当の本人は正体がバレていないのならそれでいいと納得していた。否、納得するしかなかった。

 自分の失態で正体がバレそうになったのだ。後悔と反省のうずに呑まれて納得するしかなかったのだ。


「なんじゃその笑い方は」


 全てを納得したとしても高らかに笑う必要性は皆無だ。

 魔王マカロンの冷たい視線が勇者ユークリフォンスの背中をなぞった。


「わ、笑い方とか今は関係ないだろ……と、とにかくだ。話は全てまーちゃんから聞いた。国王軍にお前らを連行してもらって、正当な処罰を受けてもらうぞ。盗みを働いたのはここだけじゃないだろうからな。罪を償ってもらうぞ。悪人ども」


 勇者ユークリフォンスは聖剣のように鋭い言葉と冷たい視線を盗賊団の二人に向けた。

 二人は、ぐうの音も出すことができず、ただただうつむだけだった。


「さて、どうやって連絡するかだな」

「女剣士に連絡するのはどうじゃ?」

「その手段がないな。ローゼのやつ魔導具とか持ち歩かないし」

「それじゃ女魔術師はどうじゃ? 魔術師なら連絡用の魔導具くらい持っているじゃろ?」

「リリシアは、ああ見えて、というかあの通りおっちょこちょいのドジっ娘だからなぁ。どこかに落としてそうだよ。というか絶対落として無くしてる」


 勇者ユークリフォンスはため息を吐きながら首を横に振った。

 そんな彼の姿に魔王マカロンは苦労してきたのだな、と口に出さずとも心の中で感じていた。


「というか俺が連絡したらダメだろ。色々と……。まーちゃんの方はどうなんだ? 知り合いとかいないのか?」

「妾は国王軍側に親しい者なんていないのじゃよ! あっ、そうじゃ! 名案が浮かんだぞ!」

「どんな名案だ? 聞かせてくれ!」

「直接王都の中央にこいつらを放り投げればいいのではないか?」

「う〜ん。乱暴なやり方だけど、今の俺たちにはそれしか方法がないのも事実だよな。よしっ! そうと決まれば行動開始だ!」


 話し合いが済み、魔王マカロンと勇者ユークリフォンスが動き出した時、黙って話を聞いていたブリガンが口を開いた。


「待ってくれ!! 一つだけ、一つだけいいか?」

「そいつをかばうのはなしじゃよ。二人仲良く連行じゃ」


 魔王マカロンは先ほど、下っ端盗賊のバンディーを庇う盗賊頭のブリガンを見た。その一連の流れを一度見たからなのか、彼女はブリガンの口から用件を聞く前に否定の言葉を投げかけた。

 しかしブリガンは「違う!」と叫んでから用件を口にする。


「罰なら何でも受ける。その覚悟で盗賊団を始めたんだ! 串刺しにされようが、火炙りにされようが、俺は盗賊をしていたことを後悔しない! 誇りにも思っている!」

「お、俺もッス! 誇りに思ってるッス!」

「でも最後に……最後に一つだけ……わがままを聞いてくれるんなら……俺は、俺たちは! もう一度だけ食べたいんだ……最後に……もう一度だけ食べたいんだ。この丼鉢どんぶりばちに入っていたタンタンメンって料理を! もう一度! もう一度だけ! どうか作ってください。お願いします――!!!」

「お願いしますッス。こんなに美味しい食べ物は、人生で初めてでしたッス。お願いしますッス――!!!」


 何を話すかと思えば、〝冷涼の冷やし担々麺〟をもう一度だけ食べたいのだと要求してきた。

 確かに国王軍に連行されてしまえば、今まで当たり前だった温かい食事を口にすることができなくなるだろう。

 だからこそ最後に食べておきたいのだ。人生で一番美味しかった料理を――〝冷涼の冷やし担々麺〟を。最後の晩餐に選んだのだ。

 どの口が言っているんだとののしられるかもしれない。鼻で笑い飛ばされ、唾を吐かれ、踏みつけられるかもしれない。

 そんな状況にも関わらず二人は必死に頭を下げた。許しをうのではなく、最後の食事を懇願こんがんするために。

 涙と鼻水を情けなくも大量に流しながら――

 額に付いた傷から流血しながら――

 必死に、命乞いのちごいをするかのように、盗賊団の二人は、〝冷涼の冷やし担々麺〟を懇願し続けるのである。


 そんな盗賊団たちの姿に魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは、かける言葉が見つからないのか、口を開くことがなかった。

 口を開かない代わりにニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべていた。

 その表情は盗賊団たちからしたら不気味以外の何者でもないだろう。

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