015:魔獣クラーケン以上の衝撃、漆黒のイカスミ担々麺
「お待たせしましたなのじゃ! こちらが〝漆黒のイカスミ担々麺〟大盛りなのじゃ! ごゆっくりどうぞなのじゃ!」
魔王マカロンは女剣士リュビ・ローゼと女魔術師エメロード・リリシアの正前に大盛りの〝漆黒のイカスミ担々麺〟を置いて厨房へと戻っていった。
〝漆黒のイカスミ担々麺〟は通常の〝究極の担々麺〟や〝地獄の激辛担々麺〟とは違った盛り付けがされている。
中央に旨辛の豚挽肉、その上にはシャキシャキのモヤシと刻んだ青ネギ。
イカスミと黒胡麻ベースの味噌のスープの海には、新鮮なイカや貝類が顔を出している。
そして緑色の唐辛子〝ハラペーニョ〟と異世界の辛味成分がある緑色の果実〝ドッリの実〟が一本ずつスープに浮いており、彩りを与えていた。
「イカスミの香りがすごいな。濃縮されたスープの香りも食欲をそそるものがある」
「す、す、すごく、お、美味しそう、です! そ、それに、真っ黒、ですね!」
香りを楽しむローゼと見た目を楽しむリリシア。
二人は手を合わせた。食事前に手を合わせる行為の意味は一つしかない。
「いただきます」「い、い、いただきます」
食事前の挨拶『いただきます』だ。
いただきますの挨拶をした直後、合わされていた手は箸とレンゲを掴んでいた。右手で箸、左手でレンゲだ。
「す、すごい、です。め、麺も、麺も、黒い! 真っ黒です!」
麺を箸で持ち上げたリリシアの感想だ。
イカスミが縮れ麺にしっかりと絡んでいて、真っ黒に着色されていた。
艶めくスープの脂も相まって、ブラックダイヤモンド並みに輝いている。
実はこの麺は通常の〝究極の担々麺〟にも使用されている自家製の縮れ麺だ。
たった数秒間イカスミスープに浸かっただけで、ここまで真っ黒に着色されるのである。
それだけイカスミと黒胡麻ベースの味噌が、しっかりと材料として含まれ浸透している証拠だ。
――ふーふーッ、ズルズルッ!!
麺を冷ます際に発生する湯気までもが、黒色だと錯覚してしまうほどの黒さ。
程よい温度に冷めた麺を遠慮することなく口の中へと運ぶ。
もちもちつるつるのコシのある縮れ麺を咀嚼する度、麺に絡んだイカスミの芳醇な香りと、黒胡麻ベースの味噌の圧倒的な旨味と甘味、さらには濃縮された濃厚こってりなスープを一度に味わう。
後から遅れてやってくる赤唐辛子とアッカの実の辛味は、さらに味を引き立たせてくれる。
これぞ担々麺。これぞ〝漆黒のイカスミ担々麺〟なのだ。
「お、美味しい! こ、これが、イ、イカスミ、の味、で、ですか? な、生臭さ、が、ない、です! と、とっても美味しい、です!」
リリシアの可愛らしい薄桃色の唇が真っ黒に染まったが、それを気にする事なく二口目、三口目も口へと運んだ。
――ズルズルッ、ズルッ、もぐもぐッ!!
「め、麺が、も、もちもち、ですし、麺に絡んだ、も、もやしと、ネギが、シャキシャキ、ひ、挽肉と、せ、背脂が、柔らかくて、ぷりぷりで、イ、イカや、貝類も、ぷりぷりで、こりこりで、は、歯応えがあって、美味しいだけじゃなくて、そ、咀嚼が、た、楽しい、です」
おどおどした性格のリリシアからは想像ができないほどの立派な食べっぷり。そして感想だ。
それだけ〝漆黒のイカスミ担々麺〟が美味しいということなのである。
対面に座るローゼも〝漆黒のイカスミ担々麺〟を食べる食べっぷりは負けてはいなかった。
――ふーふーッ、スーッ、ふーふーッ、ズーッ!!
ローゼは真っ黒なスープを何口も飲み続けた。
何度も飲みたくなるほどの旨さ。やみつきになる美味しさなのだろう。
「スープの温かさ! イカスミと味噌の旨味! スープと一緒に口へ入ってきた挽肉の旨辛でジューシーな感じ! イカのぷりぷりこりこり食感! 美味い! 美味すぎる! 止まらない。止まらないぞ!」
――ズーッ、ズズーッ、ズルズルッ!!
――ズルズルッ、ズルッ、ズズーッ!!
スープ、スープ、麺。スープ、スープ、麺。その順番で食べ進めるローゼ。
麺、麺、スープ。麺、麺、スープの順番で食べ進めるリリシア。
「美味しい、美味しすぎるぞ! 〝漆黒のイカスミ担々麺〟――!!!」
「こ、こんなに、美味しい、イカを、使った、りょ、料理は、は、初めて、です!」
美味しそうに食べる二人の様子を魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは厨房から覗いていた。
「おぬしの仲間、美味しそうに食べておるのぉ」
「あいつらがあんなに美味しそうに食べる姿初めて見たよ。ここに食べに来てくれて良かった」
「もしかしたら常連になるかもしれんぞ? 正体を明かすなら今のうちじゃと妾は思うんじゃが?」
常連になってしまった場合、正体を隠す勇者ユークリフォンスは二人が来店する度に毎回隠れながらの接客を行わなければならなくなってしまう。
そうなってしまった場合、調理にも接客にも集中できずにミスが起きてしまう可能性が浮上する。
ならば今のうちに正体を明かし、事情を説明するべきだと魔王マカロンは考えたのだ。
しかし勇者ユークリフォンスは、その考えには首を縦には振らなかった。
「いいや。俺は正体を明かさない。二人が事情を理解してくれたとしても、他の奴らがどう思うかわからないからな。特に国のお偉いさん……国王とかはな。俺を英雄として奉り国の象徴として縛りつけようとするだろうからさ。やっぱり秘密を共有する人物は少ない方がいい。もしも正体を明かしたとしても、二人にはまーちゃんが魔王だってことを黙ってなきゃいけないだろ? それはそれで隠し通すのにいつか限界が来ると思うからな。だからこのまま。現状維持でいこう」
「あー、それもそうじゃのぉ。やつらの嫉妬は恐ろしそうじゃ。妾もじゃけど」
「ん? 嫉妬?」
「いや、なんでもないのぉ。こっちの話じゃよ。妾もおぬしの意見に賛成じゃ。現状維持。二人だけでこのままやっていくのじゃ」
「おう! これからもよろしくな。まーちゃん」
「もちろんじゃ。ゆーくんよ」
肩と肩を少し触れ合わせて互いの気持ちをぶつけ合った二人。
握手やハイタッチ、瞳を交差させる行為などは、恋心を隠す二人にとっては恥ずかしくてできないのだ。感情的になった場合は除く、と付け足す必要はある。
だから厨房から客席を覗く狭い空間での肩と肩が触れ合っているこの状況が、二人にとっては一番触れ合える状況であって、心地よい状態なのだ。
「って、もう完食しておるぞ! 大盛りなのに早いな! 女剣士の方はともかく、女魔術師の方は少食そうに見えるんじゃが!? すごい食べっぷりじゃのぉ」
「あいつは勇者パーティーの中でも一番の少食だった記憶があるぞ。まさかスープまで飲み干すだなんてな……」
スープを飲み干したリリシアは、少しだけぽっこりと膨らんだ腹をさすりながら満足そうな表情を浮かべていた。
「さ、最後の、最後まで、お、美味しい、だなんて、つ、罪深い、料理、です」
リリシアがスープを飲み干す際に感じた罪深さとは、スープと具材のことだ。
食べ進めていく際に、箸やレンゲから溢れてしまい丼鉢の中に取り残されてしまった具材たち。
豚挽肉、青ネギ、もやし、イカ、貝類。胡麻や背脂、麺も同様だ。
その具材たちは1センチ弱の大きさで残ったスープに浮いていた。
それをスープを流し込みながら一緒に食べる快感こそが、リリシアが言った罪深い感情に繋がるのだ。
最後の最後、ラストスパートの瞬間にイカスミ担々麺の集大成を味わうことができる。罪深い以外に言葉など出ないだろう。
「ハァハァ……ああ、本当に罪深い美味さだ。これは勇者にも食べてもらいたいな。ハァ、ハァ」
ローゼは鎧のせいもあってか、体がだいぶ温まっていた。
顔は火照り、息は荒くなっている。
額から滴る一雫の汗は、鎧の胸部を通り、膝へと垂れて消えていった。
「ゆ、勇者様なら、こ、ここのこと、を、し、知ってるんじゃ、ないですか?」
「それもそうだな。彼なら知ってるかもしれない。むしろ常連になっている可能性もあるぞ。今は知らなくてもいずれはここに辿り着き常連になる姿なんてのも想像できる」
「だ、だったら、わ、わたしたちも、こ、ここの、常連に、なれば、ゆ、勇者様にも、会える、かも、ですね」
「ああ、その通りだ。また食べにこよう。我はこの味が忘れられない体になってしまった。クラーケンの触手に掴まれて抜け出せなかった時のように、イカスミ担々麺の美味さに胃袋を掴まれてしまったようだ」
「わ、わたしも、です。クラーケンの、攻撃で、全身、イカスミだらけになった時、みたいに、ぜ、全身にイカスミが染み渡って、ます」
「クラーケン以上の衝撃を味わったな」
「で、ですね!」
思い出に浸りながら常連になることを誓い合う二人。
二人の真の目的は、消息不明となった隠居生活中の勇者ユークリフォンスともう一度会うことだ。
大事なものは意外と近いところにあるのかもしれない。両者の事情を知った魔王マカロンはそんなことを思ったのだった。
「国にはこの美味さを報告するのはやめておこうか」
「わ、わたしたちの、ふ、二人の、ひ、秘密、という、ことですね」
「ああ、予約殺到で一年先まで、いや、二年先まで食べれなくなるのは御免だからな」
「に、二年!? そ、それは、嫌です、ね。ゆ、勇者様にも、あ、会えなく、なって、しまいます。ふ、二人だけの、ひ、秘密に、して、た、たくさん、食べにきましょう」
「そうだな。次は別の担々麺を頼んでみるとしようかな」
「か、カニ担々麺、というのも、き、気になります、よね」
こうして担々麺専門店『
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