真紅のトマト担々麺
016:元魔王軍大幹部、鬼人の大男襲来
女剣士リュビ・ローゼと女魔術師エメロード・リリシアが笑顔で退店してから数時間後――ラストオーダー間近にもう一人来店してきた。
――チャリンチャリンッ!!!
扉が乱暴に開かれたため、銀鈴の音色も荒々しく店内に響き渡る。
「いらっしゃ――」
「コラァ!! 誰の許可を得て店を構えてんだァー! 殺されてぇーのかァ!!」
来店時の挨拶をかき消すほどの怒号。
攻撃的な態度と口調で扉を開けたのは、角が片方だけ欠けている〝
鬼のような形相で肩に担いだ金棒を今にも振りかざしそうとしている。
これだけで十分
「お、お客様、営業許可証もしっかり取ってますので、無許可で営業はしていませんよ」
低姿勢で鬼人を
そんな低姿勢な態度とは裏腹に心の中では衝撃を受けていた。
(こ、こいつ、魔王軍の大幹部じゃんか! しかも俺が倒した鬼人の大男! 生きてたのか!? 名前は確か……オーグルだったっけか? いや、今は名前なんてどうでもいいか。大幹部のお出ましだが、まーちゃんの方は大丈夫か?)
「ご、ご、ご、ご来店、あ、ありが、と、と、ござい、いら、っしゃい、ませお、お、お、おちつくのじゃ」
(めちゃくちゃ動揺してるー! リリシア以上におどおどしてるー! こりゃダメだ。俺がなんとかしないと……)
元大幹部の来店に魔王マカロンは動揺の色を隠せずにいた。
そんな動揺している彼女を恐怖で怯えているのだと勘違いした鬼人の大男オーグルは、
「なんだテメェー。ちんちくりんがァ!! 俺様は女だろと子供だろうと容赦はしねーぞォ! 俺様はな、この世界を
鬼人の目的は、訳も分からない担々麺専門店へと化した魔王城を取り戻すことだった。
怒号に怒号。常人なら怯えて腰を抜かすだろう。それだけの迫力と威圧を鬼人は放っている。
「あ、あああ、あ、ああ、わ、あわわ、あわあわわわ……」
魔王マカロンの思考回路はすでに停止状態。
元大幹部との再会と魔王本人だとバレてはいけない状況から、どうしていいのかわからなくなってしまったのだ。
(魔王を
勇者ユークリフォンスは魔王マカロンを庇うために一歩前に出た。
そうすると必然的にオーグルの正面に出ることになる。
「ほぉッ。そのガキを庇うのかァ。つまり小僧が俺様とやり合おうってんだなァ!? いい度胸してるなァ、小僧ォ!」
一切怖じける様子のない勇者ユークリフォンスの姿を見たオーグルは、思わず感心の声を漏らしていた。
感心したからと言ってただそれだけのこと。血の気の多いオーグルは魔王城を諦めるはずがない。
――ブフォンッ!!!!!
金棒を振りかざし、勇者ユークリフォンスの顔面すれすれで寸止めをする。
それでも動じない勇者ユークリフォンスにオーグルはヒュー、と口笛を鳴らす。
「度胸だけは勇者並みだなァ、もやし小僧ォ」
オーグルが相手している人物は紛れもなく勇者だ。オーグルの左角を斬り落とし、敗北へと
魔王マカロンの変装魔法によって正体はバレていないものの、これ以上常識外れな精神力を見せつけるのは好ましくないだろう。
だからこそ勇者ユークリフォンスは先手を打った。
「店内で暴れられては他のお客様に迷惑ですので」
「他のお客様だァ!? 誰もいねーだろがァ! ふざけてんのかァ!?」
オーグルの言う通り、他に客などどこにもいない。
そして経営を始めてから今日までに来店した客の数はたったの三人。エルバームとローゼとリリシアの三人だ。
さらにはラストオーダーの時間も過ぎてしまっている。他に客が来店する見込みなどゼロに等しいのだ。
だから勇者ユークリフォンスの今の発言は――
(ミスったー!! 波風立てない便利な言葉だと思って使ってしまった。使うタイミング今じゃねー! 全然今じゃねーぞ! くそッ。
勇者ユークリフォンスは頭を捻り挽回の言葉を探る。
頭の中の引き出しをこれでもかってくらいに開けるが、良い言葉は一向に出てこない。
それもそのはず。
こういった局面での勇者ユークリフォンスは、いつも愛剣である聖剣で解決している。
言葉で解決したことなど片手で数えられるほどしかないのである。
だから空っぽの引き出しをいくら開けても何も出てこないのである。
「おいおいどうしたァ? ビビっちまったのかァ? おおんッ? こいよォ。ほらほらァ〜」
(くそッ。めちゃくちゃ
思考を巡らせるのに必死な勇者ユークリフォンスは黙り込んでしまう。
「けッ。ダンマリかよォ。まぁ、仕方がないよなッ。魔王軍大幹部の俺様の前だもんなァ。ガッハッハッハッハッハ――!!」
勝利を確信したのだろう。オーグルは高らかに笑った。
「ある!! あるじゃんか! そうだ。そうだった! というかこの状況
勇者ユークリフォンスは高らかに笑うオーグルの笑い声をかき消すほどの声を上げた。
勝利を確信していたオーグルが笑うのを辞めて勇者ユークリフォンスに注視するほどの声量だった。
「お前は魔王軍の大幹部なんだよな?」
「ああ、何度も言っているだろォ! 俺様はこの世界を統べる魔王様の大幹部だァ! 今更許してくれと懇願しても許さねーぞォ? もやし小僧ォ!」
「許してくれなんて言わないよ。ただここではここでの勝負ってもんがあるんだよ。魔王軍の大幹部ほどの実力の持ち主なら、その勝負に
「魔王様の大幹部である俺様に対して挑発かァ。いいだろう面白いッ。どんな勝負だろうと受けてたとうッ! さぁ、勝負の内容を言えッ――!!」
自信過剰なオーグルの性格を逆手に取った巧みな誘導だ。
それにより勇者ユークリフォンスはオーグルを戦いの土俵にまで持っていくことに成功したのだ。
思わず勇者ユークリフォンスに笑みが溢れる。何かを企んでいるような〝不適な笑み〟にも見えるその笑顔。
しかし笑みを浮かべている理由はそれではない――
確信したのだ。勝利を。勝負が始まる前のこの時点で勝利を――確信したのである。
だからこそ堂々と、そして自信に満ち溢れた表情で勝負内容を叫んだ。
「俺の担々麺をお前が食べて『不味い』と言ったらお前の勝ちだ! 『美味しい』と言わせることができたら俺の勝ちだ! どうだ? 簡単な勝負内容だろ?」
「なるほどなァ。料理屋らしい勝負内容だァ。この勝負乗ったァ!」
オーグルは勝利を確信したかのような表情のまま笑みを浮かべた。
(たとえ食べた料理がどんなに美味しくても、嘘を付けば俺様の勝ちだァ! たった一言『不味い』と言えばいい。簡単じゃないかァ。もやし小僧はそんなこともわかってないのかァ? それとも毒でも盛る気かァ? ふんッ、無駄なことをッ。俺様は毒など効かんからなッ。この勝負どう転ぼうが俺様の勝利しかないッ! これで魔王様の復活を迎え入れる準備ができるッ!)
(こいつの舌を唸らせて『美味い』と言わせてやる。嘘なんて付けないほどの美味い担々麺をお見舞いしてやるよ! それでもう一度お前に敗北という味を味合わせてやるよ!)
睨み合う両者。
勇者ユークリフォンスと魔王軍大幹部鬼人の大男オーグルの一騎討ちが今、始まる。
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